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イラン中部イスファハンのイマーム広場。イスファハンは、16世紀末、サファビー朝ペルシャの都となり「世界の半分」といわれるほど繁栄した。アザーン(イスラム教の礼拝)がこだまする夕暮れの広場は圧巻だ。イマーム広場CIMG1700.JPGのサムネール画像

テヘラン中心部のタレガニ通りに残る、旧米国大使館。その敷地内に立つのが、この「不自由の女神」(仮称)。ここは、イラン革命直後、イランの大学生グループによって米外交官らが444日間にわたって拘束された「在テヘラン米国大使館占拠事件」の舞台。

「不自由の女神」(仮称)は、この事件を顕彰するため作られたものとみられる。腹の部分が牢獄の鉄柵のようになっているのは、「米国の不自由さ」を主張するためのデザインか。 大使館内の自由の女神CIMG0985.JPG

ランビックカフェCIMG0922.JPG

遅い夏休みで、ドイツ(フランクフルト、デュッセルドルフ)、ベルギー(ブリュッセル)、チェコ(プラハ)へ行ってきた。それにしても、中東からの移民の多さに今更ながら驚く。ドイツのタクシー運転手は、トルコ人が多い。一見してわかる。フランクフルト空港から乗った運転手に、トルコ語で声をかけるが無視される。私のトルコ語がひどかったのか、と思ったが、トルコ人だと明かしたくないのかと感じた。

フランクフルト中央駅近くには、リトル・イスタンブールといったトルコ人街。「ワタン」とか「アンタルヤ」とか、そんな名前の店が多い。思わず、トルコ食堂に入りたくなるが、この旅行の目的ではないので、やめる。

デュッセルドルフからフランクフルトの車窓からは、線路沿いに並ぶ家々の屋根にイラン国旗が立てられているのが見える。「革命体制派」の移民か・・・。

ブリュッセルでは、イラン人のタクシー運転手に当たる。携帯電話でペルシャ語をしゃべっていたので、すぐ分かった。在住30数年とかで、革命前から来ているという。こちらは、筆者がイランから来たというとえらい喜んで、イラン国内の事情を聞きたがる。ベルギーのイラン人は、「みなムサビ氏(先般のイラン大統領選改革派候補)支持」と言っていた。

そういえば、先日行ったスイス・ジュネーブでは、アフガニスタン人のタクシー運転手に当たった。なんとか党のシンパで、事実上の国外亡命なので、アフガンには帰れない、と言っていた。タジク人だといい、ペルシャ語というかダリー語をしゃべるが、テヘランで聞くペルシャ語とはえらい違っていて、聞き取るのに難渋する。

3か国、それぞれビールが旨かった。アラブ人街でもあるブリュッセル南駅近くでは、ランビックビールの名門カンティヨン醸造所を見学し、その近くのベルギービールカフェ「MOEDER LAMBIC」(写真)へ。ここはかなり理想に近いカフェだった。ブリュッセルでいえば、超有名店の「ラ・ベカス」「モルト・シュビット」なんかより、ずっといい店。

 

 

イラン南東部ケルマン州の州都、ケルマンのバザール。ペルシャ語でアッターリーと呼ばれる薬局というか、ハーブの店。ここで買ったピスタチオがえらいうまかった。ピスタチオといえば、イラン元大統領のラフサンジャニ師の故郷、ラフサンジャンが有名だが、ここケルマンのものもなかなかだった。イランでは、ピスタチオがあふれているから、ありがたみが感じられない面もあるが、乾燥地のイランで食べるピスタチオは、日本など、他の場所で食べるのとは、ひと味違うことは、間違いない。


新年明けましておめでとうございます。昨年中は、ご愛顧いただきありがとうございました。今年もイランを拠点にさらなる飛躍を目指して行きたいと思います。「カフェバグダッド」としてもイベント開催(日本)も続けていきたいと思います。


イラン南東部ケルマン州バムにある、ユネスコ世界遺産に登録されているバム城塞。2003年12月のバム地震で、3万人以上が死亡したが、バム城塞も大きな被害を受けた。世界遺産に指定されたのは、その半年ほど後のこと。
寒風ふきすさぶ遺跡では、300人の作業員が、修復作業に追われていた。観光客は皆無。
ちなみにバム遺跡のケルマン州は、日本外務省は、「危険情報」で、「退避を勧告します。渡航は延期してください。」というランク(退避勧告)に指定している。2007年秋には、横浜国立大の大学生、中村さんが、イラン少数派のバルーチ人武装集団に誘拐される事件が発生している。隣のシスタン・バルチスタン州(ここも日本外務省は退避勧告)で、つい12月のことだが、イランでの報道によれば、2台の車が爆発物を積んで警察施設に突っ込み自爆する、という事件が起きている。

バムの街を歩いた印象では、治安うんぬんというよりも、地震復興も進まず、経済的にも苦境に陥っている退廃感のようなものを感じた。州都ケルマン同様、ここにも水タバコ・カフェがなかったが、バムの場合は、カフェで水タバコを楽しむ余裕すらないのではないか、という感じがした。


水タバコがない街

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イラン南東部ケルマン州の州都ケルマンのヴァキール・バザールをぶらついて、「どこかいいカフェは?」とタクシー運転手に尋ねたら連れて行ってくれたのが、写真の「チャイハネイエ・ヴァキール」。当然、食後の水タバコを期待したが、置いていない、という。どうも、ケルマン市内のほとんどのカフェが、イラン政府が以前発した「水タバコ禁令」を忠実に守っていて、水タバコを出している店がないようなのだ。ケルマン人はみんなきまじめなのだろうか?

このチャイハネで食べた野菜シチュー「ゴルメ・サブジ」は、米の味がよかった。食後はチャイをすすりつつ、男性2人による音楽演奏を楽しんだ。


左の写真が、そのゴルメ・サブジ。シチューの中に見える丸いものは、ゆで卵ではなく、レモン。


テヘランの水タバコカフェの価格の幅がえらい広い、という話を前にしたが、写真は、15万リアル(1500円)の水タバコを出す「カフヴェハーネイエ・ソンナティ・フェレシュテ」(伝統的カフェ「フェレシュテ」)。日本企業の駐在員も多く住む北部エラヒエ地区にある。

確かに店内も広々して、巨大なサモワールが装飾品として送られているなど、豪華な雰囲気ではあるが、水タバコについては、器具が多少高級なぐらいで味が特段変わるわけでもない。

客層も金持ちそうな若者カップルといった人たち。テヘランはよく、庶民が暮らす南部、金持ちが多い北部の2つの街からなるともいわれるが、こうしたカフェをみると、テヘランの「格差社会」の実態をまざまざとみせつけられる思いがする。





こちらは、やはり北部のエフティヤリエ広場を少しさがったところにある名もなきカフェ。水タバコとチャイで2万5000リアル(250円)。イスラム教の祝日・犠牲祭の日にのぞいたが、若者で満員だった。


カフェの水タバコの値段で、その国なり都市の物価水準を知る方法があると、やや本気で信じている。

水タバコの値段が世界で最も高いのは、おそらくロンドンとニューヨークだ。いずれも、20ドルを上回る。東京は、いろいろだが、おおむね10ドルといったところだろうか。こうして考えると、金融危機以前の英国ポンドや米ドルに割高感があったという見方にもうなづける。

それで、テヘランだ。ここは、場所によっての差があまりにも大きい。庶民的なカフェでは、2万リアル(約2ドル)だが、山に向かって坂をあがって北部のやや豪華なカフェだと、15万リアル(15ドル)というところもある。これだと、東京どころか、NY、ロンドンに迫るほどの高価格ということになる。

写真は、これまでの調査でテヘランで最も水タバコが安価な「ゼイトゥーン」(オリーブ)なる店(写真)。紅茶とセットで2ドルだ。実は、ここが、今のところ、テヘランで最も気に入っている水タバコカフェだ。テヘランは概して、水タバコを出すカフェは、地下の店が店が多い。だが、ここは、繁華街ヴァリエ・アスル通りとファーテミー通りの三差路にほど近いラレスタン通りの南端に立つ路面店。風通しも良い。

「15万リアル店」の紹介はまた今度にしたいが、テヘランに限らずどこでもそうかも知れないが、高い店が必ずしもいい店ではないことを再確認している。


イランはペルシャ湾をはさんで、アラブ諸国と対峙しているわけで、アラブ発の衛星テレビを視聴することは、テヘランでも可能だ。
ただ、イランの場合、衛星テレビ受信用アンテナ設置は、基本的に禁じられている。
ただし、筆者宅は、当局の許可をもらっているので、これらのアラビア語放送の視聴が一応おおっぴらに可能だ。そこで、リモコン片手にさまざまなチャンネルを視ていて、驚かされたのが、アラブ首長国連邦ドバイの芸能音楽衛星テレビ「ロターナ」(Rotana)の充実ぶりだった。
映画専門チャンネルの「CINEMA」、音楽ビデオクリップ専門の「CLIP」、コンサートなどを放映する「Music」、昔の古き良きエジプト映画専門の「ZAMAN」、古き良きエジプトのアラブ歌謡専門の「TALAB」。湾岸地域向け「ハリージ」・・・・といったチャンネルがずらりと並び、これらをちょこちょことチャンネルを変えて視ているだけで、まったくあきない。「TALAB」では、ラマダン(イスラム教の断食月)期間中、なぜか、「褐色のナイチンゲール」こと、エジプトのアブドルハリーム・ハーフェズのコンサート録画をいつもやっているが、エジプトが生んだアラブ世界の「ディーバ」(歌姫)ウンム・クルスームのコンサート(写真)もやっていた。「CINEMA」では、作品上映だけでなく、最新映画情報を紹介する番組もやっていたりいるので、アラブを離れて4年で、穴のあいた芸能情報を補足するのに有益だ。

いまのところ、イラン人で、アラブ・ポップスが好き、という人物にでくわしていないが、国内に流通する音楽・映画が穏当なものがほとんどのこの国では、言語・文化圏が異なるとはいえ、ロターナのようなチャンネルは、かなりの潜在的需要があるのでは、という気もする。


アラブ世界で、「シーシャ」「アルギーラ」などと呼ばれる水タバコは、ここイランでは、「ゲリユーン」(ペルシャ語)と呼ばれる。日暮里にあった水タバコカフェの名前「カリユン」も、これに由来する。テヘランの水タバコカフェについて、ほとんど予備知識のないまま、やってきたが、まず、ここは、エジプト・カイロのように、街をぶらぶら歩いていれば、容易に水タバコカフェにでくわす、といった環境にはないことをすぐに悟った。

テヘランの代表的繁華街である、「フェルドーシー広場」や「ヴァリエ・アスル広場」周辺であっても事情は同じ。タクシー運転手に聞いたり、歩き回ったりして、ようやく発見する、といった具合である。写真は、ヴァリエ・アスル通りにある「ジャム」なる店。「レストラン」と銘打っていた。イランの名物料理「アーベ・グーシュト」なども供するようだ。




ただ、こうした市内中心部にあるカフェは、どうもぱっとしない印象だ。地下にある店も多く、暗く、古めかしすぎる。むしろ、水タバコの「楽園」は、郊外にある気がしてきた。テヘランの北方にそびえるアルボルズ山脈の麓には、いくつかの峡谷があり、それに沿って、避暑地的な行楽エリアがある。「ダルバンド」「ダラケ」など。写真は、「ダラケ」の峡谷を徒歩で少しあがったところにあったカフェ。店名は確かめるのを失念した。実際に試したのは、ここからさらに谷をのぼったところにあったカフェだったが、ここ「ダラケ」は、屋外の陽光とそよかぜのもとで水タバコを楽しめる格好の場所でもあったのだ。ちなみに、市内のカフェではほとんど見られない女性の姿も、ここでは普通に目にすることができる。ただし、どうやら、カフェで女性が水タバコを吸う行為が、最近当局の取り締まり対象になっており、閉鎖された店もあるようだった。

ダラケの難点は、市中心部から、やや遠いこと。殺人的な交通渋滞を考慮すると、最低でも車で一時間をみておかなければいけない。「楽園は、遠きにありて思うもの」ということにならなければ、いいのだが・・・


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