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中東が舞台の小説

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イラク戦争によるサダム・フセイン政権の崩壊をはさんだ2002年から2004年にかけて、仕事でバグダッドに行きときの定番ルートが、ヨルダンのアンマンからイラクのバグダッドまで、陸路で12時間かけて踏破するというものだった。

両国国境地帯は、延々と続く砂漠地帯。日中の酷暑から一転する夜の冷え込みはハンパでなく、砂漠の生活の厳しさを実感したものだった。

きのう読了した、松本清張の小説「砂漠の塩」の主舞台は、このルート上にあるイラク西部ルトバという町。ルトバという地名を目にして、せっせとイラクに通ったあの頃を思い出した。

ダブル不倫の2人が中東をさまようという設定の「砂漠の塩」には、もう一つ、ベイルート・ダマスカス街道も登場する。かつて日本赤軍の拠点があったベカー高原を横切る行程3時間のこの道も、一度通った人には忘れられない印象を残す。

このところ、中東を舞台とした小説をいくつか読んだ。

山崎豊子「不毛地帯」=主人公は、旧日本軍参謀、瀬島龍三がモデルとされる。後半の主舞台がパーレビ王政時代のイラン

松本清張「砂漠の塩」=カイロ、レバノン、シリア、ヨルダン、イラク

松本清張「火の路」=イラン・テヘラン、イスファハン、ヤズド、ペルセポリス

といったところ

このほか、これまでに

黒木亮「エネルギー」=イランのアザデガン油田開発にまつわる企業小説

吉本ばなな「SLY」=エジプト・ルクソール、アスワンなどが舞台

なども。探せば、意外とあるもんだ。

渡辺謙主演で、日本で映画公開中という山崎豊子「沈まぬ太陽」でも、主人公・恩地さんは、テヘランにも「飛ばされる」よなあ。

(写真は、松本清張「火の路」に登場するイラン南部シーラーズ郊外「パサルガダエ」遺跡にあるアケメネス朝ペルシャの王、キュロス2世の墓)

 

キュロス2世墓CIMG0799.JPG 

アラビア書道家として、今や世界的にも高い評価を受けている、本田孝一・大東文化大教授の話を聞く機会があった。3月上旬、サウジアラビアの首都リヤドで開催された国際ブックフェアーに招待された時の模様を聞くのが主な目的だった。
このフェアーで、本田教授は、「アラビア書道と私の経験」、「アラビア書道の審美理論」と題した2回の講演をアラビア語で行ったという。前者は、本田氏のこれまで歩んできた道がテーマ。後者は、アラビア書道の美しさを理論的に解明しようという、本田氏にとっても、初の試みだった。

本田氏によると、アラビア書道の世界では、これまで、その美しさについての理論的アプローチはなかったという。イスラム教に関わるものということもあり、「神聖なものということで、(理論には)あまり触れられてこなかったのでは」という。

「アラビア語を知らない人でも美しいと感じるのはなぜか」。この疑問について、本田氏は、「水が流れる線、木々が揺れる様子、山の稜線」などの自然(の美しさ)と、書道の線が類似しているからでは、との持論を展開する。

本田氏によれば、西洋のカリグラフィーは、機械的、無機質的であるのに対し、アラビア書道の線は、人工的ではない。多くの日本人がアラビア書道にひかれるのも、「日本人が最も愛する自然」がそこにあるからでは、という。

では、なぜ、アラビアの地にそうした書道ができたのか。本田氏は、(砂漠が多い過酷な風土の中で)「自然にあこがれ、精神世界の中に自然を生み出そうとしたのでは」との見方を示す。イスラム教という宗教の発生も「生活環境の中での必然性があるのでは」という。

本田氏はまた、イブン・ムクラというアッバース朝の時代の「書道の祖」と呼ばれる人物の言葉を紹介した。「書道は、人間の肉体的道具を通じて表現された、霊的な技術である」。その目的は、「真理の顕現」であり、日本の書道とは、根本的に違うのだというのが、本田さんの見方だ。

アラビア(イスラム)書道は、世界の芸術の中では「例外的な存在」だともいい、そのあり方は、西洋的な「個」を超越しており、「神に近づくための営み」として継承されてきたのだという。

難解なお話だったが、本田氏は、こうした「審美理論」を文章にまとめたいとの意向も持っておられるようだ。アラビア書道に関わる人々だけでなく、多くの日本人に、このユニークで新しい「アラビア書道芸術論」に関心をもってもらいたいものだ。

本田教授が会長を務める日本アラビア書道協会のサイトはこちら


次回カフェバグダッド・イベントのゲストの1人、師岡カリーマさんが久しぶりに新著を出すようだ。タイトルは、「イスラームから考える」。「世界中で報じられるイスラームの視点とは異なる視点で、イスラーム(世界)をとらえる」(カリーマさん)というものだそうだ。出版社は前作「恋するアラブ人」に続いて、白水社
テーマは、「預言者ムハンマド風刺画問題」、「パレスチナ問題」、「聖典コーランの翻訳問題」、「原理を無視するイスラム原理主義」、「青年よ、恋をせよ」、「愛国心を教えるということ」、「私の9.11」、「カルチャー・ウィークの限界」などなど。巻末には、東京外国語大学院教授の酒井啓子氏との対談が収録されている。

たとえば、最初の「悪の枢軸を笑い飛ばせ」と題した一章では、ニューヨークの「スタンド・アップ・コメディー」の中東諸国系の芸人が、パレスチナ問題などの中東の深刻な問題を笑いとばしている様子を紹介。パレスチナ人のディーン・オベイダッラーやイラン系のなんとかなど、有名「中東系芸人」がいるようだ。
ほかにも、コーランの日本語翻訳問題など、これまでの中東関係書籍ではあまり言及されてこなかった問題も正面から取り上げるようだ。もちろん、カリーマさんの得意分野である、アラブの詩、詩人に関するカリーマさんの思いや、エピソードも豊富に盛り込まれているようだ。

「(イスラム世界の問題を)イスラムの問題としてではなく、人間の問題として考えれば、もっと、簡単な問題になる」。カリーマさんが新著を通じて訴えたいのは、そういうことのようだ。
新著の切れ味について、「各方面に配慮したために、中途半端なものになった」と謙遜するが、他の多数の不自由な文筆者と比べれば、中東やイスラムをめぐる諸問題について、ズバリと突っ込んでくれていると信じたい。

4月6日(日曜日)のカフェバグダッド・イベントに、発売は間に合わなかった。ただ、「恋するアラブ人」などの著書を持ってきてくれれば、カリーマさんがサインしてくれるそうです。イベントの質疑応答では、新著のことなど、音楽以外に関する質問も歓迎です。

申し込みは、このフォームから、お願いします。

カフェバグダッド第8弾のゲストだった、エジプト出身のアルモーメン・アブドーラさんが、月刊誌「ドバイビジネストゥデイ」に連載している、「アラブ人の取扱説明書」というコラム。最新の2月号では、「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人!」とのタイトルで持論を展開している。

ある日本のテレビ局のロケでカイロ旧市街(いわゆるイスラミック・カイロのこと?)に行ったとき、探している場所が見つからず、例えば水タバコをふかしているおじさんなどに道を尋ねたところ、誰も地図を読めなかったという話。これは、エジプト経験者なら、誰でも身につまされる話。

だが、モーメン氏は、「アラブ人には、地図をうまく使える能力が備わっていないが、困った人をほっておけないという気持ちに関しては、彼らに勝るものはないだろう」と話を展開していく。これも確かにそうなのだ。その親切心が逆に事態を複雑にする可能性も含めて。相手の喜ぶ顔を見たい、というのが、アラブ人の行動原理の重要原理を占めているのは、間違いないだろう。

モーメン氏の記事のオチは、ロケ班に、年配の女性が道を訪ねたときのエピソード。さっきまで地図を読めないエジプト人にいらだっていた日本人ディレクターが、嬉々として、道を教えようとした、というのだ。モーメン氏は、人間同じ、といいたかったのだろうか。それはともかく、「ええ話」ではあった。

そのモーメン氏、これまで自称していた、「日本とアラブの間のインタプリター」ではあきたらなくなっているようだ。どうも、媒介者ではなく、もっと「表現者」でありたいと思っているようだ。


カフェバグダッド第8弾にゲストとして来ていただいた、アルモーメン・アブドーラさんが、ドバイビジネストゥデイという月刊誌に、「アラブ人の取扱説明書」と題したアラブ文化やアラブ人像に関する連載記事を執筆している。ドバイビジネストゥデイは、どうも、コネックス・アジア・ネットワークという会社が発行しており、同社は、ほかにも韓国、中国、ベトナム、マカオ、インドの「ビジネストゥデイ」も発行するなど、手広く出版事業を展開している会社のようだ。

例えば、2007年11月号では、「情と規則がアラブ人と日本人の規則の違い」と題して、頼みごとに対するアラブ人と日本人の考え方の相違を紹介している。モーメン氏によれば、日本人が規則を重視するのに対し、「アラブ人にとって大切なのは、規則ではなく、人間なのだ」そうだ。つまり、「アラブ人は相手を説得するときに理屈よりも、情に訴えようとする」のに対し、日本人は「理屈や論理に訴えようとする」というのが、モーメン氏の見方。

モーメン氏は、自らを日本とアラブの間のインタプリターと称している。実際、マハムード・アッバースなど、アラブ要人の通訳をこなしているが、モーメン氏が強調したいのは、さまざまな違いがある日本とアラブの文化の「通訳」とならん、ということのようだ。この連載企画こそ、モーメン氏が日本で取り組みたいテーマのキモの部分であるのかも知れない。

もう一人、今年会った印象的な人物として、イラクのヌール・マリキ首相を挙げたい。今年春に来日した際、通訳をはさんで一時間ほど話を聞く機会があった。
身長180センチをゆうに超える堂々たる体格。偉丈夫は、中東政治家にとって重要な要素。握手した手は柔らかかったが、筆者の1・5倍見当の大きさで、強い握力を感じた。

ただ、彼のイラク政界での処し方などを遠く日本から見ている限りでは、米国と、反米的な色彩も強いイラク地元政治家などの間で、強いイニシアチブを発揮できていないようにも見えた。時には、「この人、あまり当事者意識がないんじゃないか」「首相の座にもそれほどこだわっていないのか」とも思えるような人間的な淡白さを感じることが多かった。

ところが、会見の最後のころ、イラク暫定政府首相を務めた世俗派政治家で、マリキ首相の批判を繰り返していたイヤード・アラウィ氏の動きについて聞いたとき、マリキ氏の表情ががらっと変わった。
「あいつはクーデターを画策している」などと、敵意とライバル意識をむき出しにして、アラウィ氏批判をまくしたてたのだ。
フセイン政権時代のイスラム教シーア派反体制政治組織「ダーワ党」の幹部だったマリキ氏。フセインと同じとまではいかないまでも、政敵への敵がい心は、相当強いものがある、と実感した。
数々のクーデターによる政権転覆を繰り返してきたイラクの血塗られた現代史の一角に立つマリキ氏も、やはりイラクらしい政治家なのだ、と得心した思いがした。
マリキ氏は、現在、これまでの政権基盤だった、ムクタダ・サドル派から距離を置き、アブデルアジズ・ハキーム師率いる親米の色も濃いイスラム教シーア派政党「イスラム最高評議会」に接近し、新たな政治基盤のもと、指導者としての生き残りを図って、これまでのところ、ある程度は成功しているようだ。やはり、ただの朴訥なヒゲオヤジではなかったというわけだ。




イラクの元計画相で現在国民議会議員のメフディ・アル・ハーフェズ氏の来日講演会に行ってきた。氏は、2004年から05年にかけてイラク暫定政府のイヤード・アラウィ首相のもとで、計画相を務めたという。アラウィ元首相は、アハマド・チャラビ氏と並び、イラクの世俗派の代表的政治家。ハーフェズ氏は、元々アラウィ氏と政治的行動をともにしてきたという。確認はしなかったが、アラウィ氏が代表を務めるフセイン政権時代の反体制派組織の流れをくむ「イラク国民合意」のメンバーだったのかも知れない。だが、本人によると「今はたもとを分かった」のだという。「政治路線の相違が理由ではない」と説明していた。

確かに、ハーフェズ氏の発言は、国会議員選挙の仕組み改正など、アラウィ氏が主張していることと、似通っている印象があった。世俗派では、あまり関係ないかも知れないが、2人はともにイスラム教シーア派でもある。

記憶に残った発言としては、
「(イラク駐留米軍の)ペトレイアス司令官がとった(地元スンニ派勢力と外国人系スンニ派武装勢力の離反を促す)作戦は非常に賢い」
「イラクの治安は改善された。これを持続させるためには、国民和解などの政治プロセスの進展が重要」(ニューヨーク・タイムズに、米側がそんなようなことを考えているとの記事が出ていた)

「(政党リスト制の)国民議会議員選挙の仕組みは変更すべき。小選挙区制を盛り込んだものは一つの考え」

イランによるイラク情勢への介入の有無についてイラク・シーア派はどう理解しているか、との問いには「人々の間でそうしたことがある、と理解されている」とあっさり、認めていた。

だが最も面白かったのは、2005年に暫定首相を退任したイヤド・アラウィ氏が今後、イラク政治の中心に復帰することはあるか?との質問に「絶対にない」と言い切ったこと。アラウィ氏はこのところ、内外マスコミにひんぱんに登場し、イラクの現マリキ政権批判を展開するなと、「倒閣運動」を展開しているだけに、今後が注目されるところだ。

ところで、メフディ氏に同行していたイラク外交官によれば、バグダッドのチグリス川に面したアブ・ナワス通りは、テロ警戒のための封鎖は解かれ、マズグーフと呼ばれる魚を焼いて食べさせるレストランの営業も始まっているという。もちろん、シーシャ(水タバコ)も。

追伸・共同通信は、こんな記事を配信したようだ。



民主主義とイスラム

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先日、エジプト作家連合会長で、エジプト最古の新聞、アル・アハラム紙のコラムニストでもあるムハンマド・サルマーウィ氏の来日講演会にいってきた。

面白かったのは、民主主義とイスラムの共存に関する以下の発言。

 「イスラミック・デモクラシーなどというのはナンセンスだ」
 「民主主義は、何も西洋が発明したものではない。バイア(忠誠の誓い)はまさに民主主義といえるもの。民主主義とは普遍的なものだ」
 「西洋にも神権政治というものがあった。(ちなみに)イスラムはそうした方法をとらなかった」
 「『西洋流の民主主義』という言い方は間違い。民主主義とは普遍的なもの。ムスリムは21世紀流の民主主義を取っている」

個々の発言はやや矛盾しているようにも感じられるが、サルマーウィ氏に代表されるエジプト世俗派勢力の、イスラム勢力に対して抱く脅威の大きさが感じられた。

一方で、こんな発言も。
 「米ブッシュ大統領の「中東民主化」はスローガンにすぎない。エジプト議会政治はブッシュ大統領が生まれる前からの長い伝統がある」
 「米軍侵攻前のイラクのほうがより民主的だった」
 「米国が民主主義の手本を示しているといえるのか。中東のほうが民主主義の手本を示しうる。ブッシュ大統領が教えてくれるものは何もない」

米国などによる「押し付け」の民主主義に対する反発の強さもまたひしひしと感じられる氏の発言だった。


以前、このブログでも紹介した、「イラン・ジョーク集」の著者、モクタリ・ダヴィッド(Mokhtari Davoud)さんが、第二作目のジョーク集を出版した。題して、「世界の困った人ジョーク集」。

モクタリさんには、イランの詩文学を取り上げたカフェバグダッド第4弾で飛び入りで、解説していただいた。
イラン国営通信(IRNA)東京支局の敏腕記者で、筆者もいつも教えを乞うている。

青土社HPでの「世界の困った人ジョーク集」紹介ページ

ジョーク集といえば、早坂隆さんが中公新書から出した「世界の日本人ジョーク集」がベストセラーとなったのが記憶に新しいが、今度のモクタリさんのジョーク集は、イラン人選定というのがユニーク。

参考までに前作に掲載されたジョークの一例がここ


カフェバグダッド第7弾にゲストとして来ていただいた、ジャーナリスト金子貴一さんが、ついに、自衛隊通訳として訪れたイラク南部サマワでの体験をつづった著書を出版した。「報道できなかった自衛隊イラク従軍記」。学習研究社から。

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小気味良いテンポの文体で、一気に読了。筆者がサマワで出会った部族長も登場しており、個人的にも興味深い。ヒゲの隊長の愛称で知られ、今年7月の参院選にも自民党から出馬予定の佐藤正久氏の人間像にも触れている。自衛隊という組織、あるいは、イラクの部族社会の内実に食い込んだ好著だ。

金子氏と前後して、その佐藤正久隊長も「イラク自衛隊『戦闘記』」なる著書を出版した。講談社から。こちらはまだ読んでいない。(追記:2007年5月読了)

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