2009年1月アーカイブ

中東に住んでいると、イスラエルに行って食べる西洋料理がとてつもなくありがたく感じることがある。実際、そのレベルはなかなかのものだと思う。エルサレムのレストラン界で揺るぎない評価を得ている「キャバリエ」は、イスラエルのクオリティーペーパーのハーレツのレストランガイドでも最高評価を得ていたはずだ。これが、キャバリエのビジネスランチのフィレステーキ。イランからやってくるととてつもなくいとおしく思える肉片だ。べつにイランのチェロキャバブがまずい、と言っているわけでは決してないが・・・。


で、ステーキより感動したのが、写真のサラダ。サラダ菜にロックフォールチーズが鰹節のようにかかっていて、クルミがのっかているだけ、といえばだけなのだが、なんともセンスのいい前菜であった。


えい、ままよ、と、もう一軒、「アルカディア」なるレストランにも足を運んでしまった。今や「キャバリエ」を抜いた、と評判らしい。写真は入り口の門。小道の奥にある隠れ家風のセンスのいい店だが、個人的には、「キャバリエ」が上かな、と思った。


最後に。意外にあなどれなかったのが、イスラエル南部スデロット近くのドライブインみたいこぎれいなレストランで食べたサーモンステーキ。ただ焼いたものに、レモンをかけて食べる、というシンプルなものだったが。イランで魚に飢えている、ということも多分に影響している、とは思われるが・・・。


パレスチナの味覚

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5年ぶりというと、イスラエルおよびヨルダン川西岸を訪れたのもそうだった。久しぶりにアラブの食を満喫。というか、イランからアラブ世界に来ると、何でもおいしく感じてしまうから不思議だ。写真は、パレスチナというかアラビア半島を代表する肉の炊き込みご飯「マクルーバ」。東エルサレム郊外イサウィーヤ村の知人宅で。


こちらは、ヨルダン川西岸ラマッラの食堂で食べたケバブ。エジプト式でいうとコフタという羊肉の挽肉を使ったもの。イランのチェロキャバブに慣れると、ご飯がないのがやや物足りなく感じてしまうが。


ヨルダン川西岸のレストランの特色というと、主菜の前にいくつかの小皿の前菜(メッツア)がテーブルに並ぶという点か。レバノン料理と同じだが、ピリ辛の「トルコ・サラダ」と呼ばれるサラダは、西岸独特のような気がする。ケチャップ色の皿がそれ。同じような味のものはトルコにもあった気が。オスマン朝の遺産なのだろうか。


ヨルダン川西岸のパン(ホブズ)は、主に写真のような白い円形のもの。エジプトでは、アエーシュ・シャーミーと呼ばれる。シャーミー(シリア式)と呼ばれるぐらいだから、パレスチナを含む大シリア(シリア、レバノン、ヨルダンなどを含む東地中海地域)が本場なのだろう。


これは、初めて食べたが、なんという名前か分からない。アラブ式ピザ?。でも、実はパレスチナに行くと楽しみなのは、写真の右上に写っている唐辛子のピクルス「フェルフェル・マクブース」。イランやエジプトにも似たものがあるが、パレスチナのものは、肉厚で、断然うまい。東エルサレムの知人宅で。


5年ぶりにトルコ・イスタンブールを訪れた。トランジットで一泊だけだったが、やはり、昔通ったカフェが気になる。金角湾に面したトプハーネと呼ばれるエリアのモスクの横にあるカフェ。界隈は、別名アメリカン・パザリといって、水タバコ(トルコではナルギーレと呼ぶ)カフェ(nargile cafe)が集まっている。その一角の一番道路に近いカフェがお気に入りだったのだが、5年をへて、ずいぶんと様相が変わっていた。店内も外装もリニューアルされていて、壁にかけられた液晶テレビには、トルコ・ポップスのビデオが流れている。写真を撮ったつもりだったのが見つからないのが残念だが、いずれにせよ、5年前の雰囲気はなくなっていた。
携帯電話で撮った写真は、これ


気を取り直して、旧市街へ向かう。イスタンブールに来るとなぜか足が向くアヤソフィアを鑑賞して、トラムの道をベヤジット方面へ。アヤソフィアの対面にあるブルーモスク裏のじゅうたん屋の主人がすすめてくれた、アリ・パシャ・メドレセと呼ばれる水タバコカフェ街(写真上、下)へ。「街」というか、中庭のような場所にカフェがいくつか開店している不思議な空間だ。近くにモスクがあるらしく、夕暮れ時に、アザーン(礼拝の呼びかけ)が聞こえてきて、なんとも理想的水タバコタイム。


アリ・パシャ・メドレセは、かつて行きつけだったトプハーネと比べると客の年齢層が高い印象だ。下町の風情に、なんとも味のある表情と風体のトルコ人たちが、まったく絵になっている。


イラン南東部ケルマン州の州都、ケルマンのバザール。ペルシャ語でアッターリーと呼ばれる薬局というか、ハーブの店。ここで買ったピスタチオがえらいうまかった。ピスタチオといえば、イラン元大統領のラフサンジャニ師の故郷、ラフサンジャンが有名だが、ここケルマンのものもなかなかだった。イランでは、ピスタチオがあふれているから、ありがたみが感じられない面もあるが、乾燥地のイランで食べるピスタチオは、日本など、他の場所で食べるのとは、ひと味違うことは、間違いない。


新年明けましておめでとうございます。昨年中は、ご愛顧いただきありがとうございました。今年もイランを拠点にさらなる飛躍を目指して行きたいと思います。「カフェバグダッド」としてもイベント開催(日本)も続けていきたいと思います。


イラン南東部ケルマン州バムにある、ユネスコ世界遺産に登録されているバム城塞。2003年12月のバム地震で、3万人以上が死亡したが、バム城塞も大きな被害を受けた。世界遺産に指定されたのは、その半年ほど後のこと。
寒風ふきすさぶ遺跡では、300人の作業員が、修復作業に追われていた。観光客は皆無。
ちなみにバム遺跡のケルマン州は、日本外務省は、「危険情報」で、「退避を勧告します。渡航は延期してください。」というランク(退避勧告)に指定している。2007年秋には、横浜国立大の大学生、中村さんが、イラン少数派のバルーチ人武装集団に誘拐される事件が発生している。隣のシスタン・バルチスタン州(ここも日本外務省は退避勧告)で、つい12月のことだが、イランでの報道によれば、2台の車が爆発物を積んで警察施設に突っ込み自爆する、という事件が起きている。

バムの街を歩いた印象では、治安うんぬんというよりも、地震復興も進まず、経済的にも苦境に陥っている退廃感のようなものを感じた。州都ケルマン同様、ここにも水タバコ・カフェがなかったが、バムの場合は、カフェで水タバコを楽しむ余裕すらないのではないか、という感じがした。


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