「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」をのぞくため、埼玉県川口市に行ってきた。SKIPシティは、「さいたま新産業拠点」ともいい、「映像関連産業を核とした次世代産業の導入・集積」を目指して、埼玉県や、すでにアーカイブ施設を進出させたNHKなどが中心に推進する産業ゾーンのようだ。会場は、JR京浜東北線川口駅からシャトルバス利用で10数分。
映画祭は、デジタル作品を対象として、2004年から、このSKIPシティで行われていたらしいが、恥ずかしながら、存在を知ったのは数週間前。映画祭スタッフによれば、過去に上映された中東の映画は、トルコ、イスラエルの作品で、今回見た「戦禍の下で」(レバノン映画)が初のアラブ映画上映のようで、それなら、知らなかったのも仕方ないか、という気も。
「戦禍の下で」は、今春のアラブ映画祭で上映された「BOSTA(ボスタ)」のフィリップ・アラクティンジ監督の長編第2作目。
2006年夏に一か月あまり続いた「レバノン紛争」下の南部レバノンが舞台で、生き別れになった我が子を探し求めてさまよう女性と、それに協力する南部出身のタクシー運転手を中心にした一種のロードムービー。
特筆すべきは、撮影が、まさに現在進行の紛争の渦中で行われている点。プロの役者起用は3人だけで、ほかは、実際に紛争の被害を受けた住民を登場させている。撮影開始は、「レバノン紛争」勃発直後で、空爆や、国連増派部隊(仏軍)の到着など、まさに今起きている紛争のリアルなシーンをロケ現場にした、「ドキュ・ドラマ」に仕上がっている。
来日して上映後のトークショーに出演した助監督のビシャーラ・アッタラ氏によれば、紛争勃発後すぐ、フィリップ監督が「ラフなアイディア」を考え、居住先のパリからレバノン入り。その後、フランス国籍を持つフィリップ監督が、国外避難を余儀なくされるなど中断があったが、紛争中・後の計3か月間で撮影されたものだという。主に屋外シーンを紛争中と紛争終結直後に撮影し、その後で、室内シーンを撮っていったのだという。
女性が港に着くシーンは、退避勧告に従ってフランス人がレバノン脱出のため軍艦に乗り込んでいる中で撮影されているし、国連舞台の到着のシーンも、一瞬、大規模なロケをやったのか、と錯覚するほど、ドラマと現実が違和感なく融合している。
「ボスタ」でダンサー役を務めたビシャーラ・アッタラ氏は今回、少数のチーム編成になったことからも、助監督に加え、俳優としても出演。多分、タクシー運転手を罵倒するアラブ人記者の役だったはず。
そのビシャーラ氏のトークショーでの映画解題も面白かった。ストーリーを明かすのはここでは避けたいが、映画中のフィクションは、「この戦争では普通であり、リアルなイメージだった」ことを強調していた。
私見だが、前作「ボスタ」と通底するメッセージがあるとすれば、それは、困難な状況下でのレバノン人の連帯の訴え、だろうか。作品で声高に叫ばれる訳ではない。だが、さまざまな立場にありながらも、レバノン国民は、この紛争の苦しみを共有したのだ、ということを、作品は強調していたようにも見える。つまり、海外を飛び回る経済人(主人公の女性)も、イスラエル協力者の弟(親イスラエルの民兵組織『南レバノン軍』(SLA)に加わり、2000年のイスラエルの南部レバノン撤退以後、イスラエルに亡命したという設定だったようだ)を持つタクシー運転手も、等しく戦禍に苦しんでいるのだ、という点を浮かび上がらせようとしていたようにも見えた。
フィリップ監督前作「ボスタ」については、拙ブログのこの記事も参照

映画祭は、デジタル作品を対象として、2004年から、このSKIPシティで行われていたらしいが、恥ずかしながら、存在を知ったのは数週間前。映画祭スタッフによれば、過去に上映された中東の映画は、トルコ、イスラエルの作品で、今回見た「戦禍の下で」(レバノン映画)が初のアラブ映画上映のようで、それなら、知らなかったのも仕方ないか、という気も。
「戦禍の下で」は、今春のアラブ映画祭で上映された「BOSTA(ボスタ)」のフィリップ・アラクティンジ監督の長編第2作目。
2006年夏に一か月あまり続いた「レバノン紛争」下の南部レバノンが舞台で、生き別れになった我が子を探し求めてさまよう女性と、それに協力する南部出身のタクシー運転手を中心にした一種のロードムービー。
特筆すべきは、撮影が、まさに現在進行の紛争の渦中で行われている点。プロの役者起用は3人だけで、ほかは、実際に紛争の被害を受けた住民を登場させている。撮影開始は、「レバノン紛争」勃発直後で、空爆や、国連増派部隊(仏軍)の到着など、まさに今起きている紛争のリアルなシーンをロケ現場にした、「ドキュ・ドラマ」に仕上がっている。
来日して上映後のトークショーに出演した助監督のビシャーラ・アッタラ氏によれば、紛争勃発後すぐ、フィリップ監督が「ラフなアイディア」を考え、居住先のパリからレバノン入り。その後、フランス国籍を持つフィリップ監督が、国外避難を余儀なくされるなど中断があったが、紛争中・後の計3か月間で撮影されたものだという。主に屋外シーンを紛争中と紛争終結直後に撮影し、その後で、室内シーンを撮っていったのだという。
女性が港に着くシーンは、退避勧告に従ってフランス人がレバノン脱出のため軍艦に乗り込んでいる中で撮影されているし、国連舞台の到着のシーンも、一瞬、大規模なロケをやったのか、と錯覚するほど、ドラマと現実が違和感なく融合している。
「ボスタ」でダンサー役を務めたビシャーラ・アッタラ氏は今回、少数のチーム編成になったことからも、助監督に加え、俳優としても出演。多分、タクシー運転手を罵倒するアラブ人記者の役だったはず。
そのビシャーラ氏のトークショーでの映画解題も面白かった。ストーリーを明かすのはここでは避けたいが、映画中のフィクションは、「この戦争では普通であり、リアルなイメージだった」ことを強調していた。
私見だが、前作「ボスタ」と通底するメッセージがあるとすれば、それは、困難な状況下でのレバノン人の連帯の訴え、だろうか。作品で声高に叫ばれる訳ではない。だが、さまざまな立場にありながらも、レバノン国民は、この紛争の苦しみを共有したのだ、ということを、作品は強調していたようにも見える。つまり、海外を飛び回る経済人(主人公の女性)も、イスラエル協力者の弟(親イスラエルの民兵組織『南レバノン軍』(SLA)に加わり、2000年のイスラエルの南部レバノン撤退以後、イスラエルに亡命したという設定だったようだ)を持つタクシー運転手も、等しく戦禍に苦しんでいるのだ、という点を浮かび上がらせようとしていたようにも見えた。
フィリップ監督前作「ボスタ」については、拙ブログのこの記事も参照

