2008年4月アーカイブ

アラビア書道家として、今や世界的にも高い評価を受けている、本田孝一・大東文化大教授の話を聞く機会があった。3月上旬、サウジアラビアの首都リヤドで開催された国際ブックフェアーに招待された時の模様を聞くのが主な目的だった。
このフェアーで、本田教授は、「アラビア書道と私の経験」、「アラビア書道の審美理論」と題した2回の講演をアラビア語で行ったという。前者は、本田氏のこれまで歩んできた道がテーマ。後者は、アラビア書道の美しさを理論的に解明しようという、本田氏にとっても、初の試みだった。

本田氏によると、アラビア書道の世界では、これまで、その美しさについての理論的アプローチはなかったという。イスラム教に関わるものということもあり、「神聖なものということで、(理論には)あまり触れられてこなかったのでは」という。

「アラビア語を知らない人でも美しいと感じるのはなぜか」。この疑問について、本田氏は、「水が流れる線、木々が揺れる様子、山の稜線」などの自然(の美しさ)と、書道の線が類似しているからでは、との持論を展開する。

本田氏によれば、西洋のカリグラフィーは、機械的、無機質的であるのに対し、アラビア書道の線は、人工的ではない。多くの日本人がアラビア書道にひかれるのも、「日本人が最も愛する自然」がそこにあるからでは、という。

では、なぜ、アラビアの地にそうした書道ができたのか。本田氏は、(砂漠が多い過酷な風土の中で)「自然にあこがれ、精神世界の中に自然を生み出そうとしたのでは」との見方を示す。イスラム教という宗教の発生も「生活環境の中での必然性があるのでは」という。

本田氏はまた、イブン・ムクラというアッバース朝の時代の「書道の祖」と呼ばれる人物の言葉を紹介した。「書道は、人間の肉体的道具を通じて表現された、霊的な技術である」。その目的は、「真理の顕現」であり、日本の書道とは、根本的に違うのだというのが、本田さんの見方だ。

アラビア(イスラム)書道は、世界の芸術の中では「例外的な存在」だともいい、そのあり方は、西洋的な「個」を超越しており、「神に近づくための営み」として継承されてきたのだという。

難解なお話だったが、本田氏は、こうした「審美理論」を文章にまとめたいとの意向も持っておられるようだ。アラビア書道に関わる人々だけでなく、多くの日本人に、このユニークで新しい「アラビア書道芸術論」に関心をもってもらいたいものだ。

本田教授が会長を務める日本アラビア書道協会のサイトはこちら


「アラブの音を聴け」(4月6日、渋谷アップリンクで開催)で、常味裕司さんが演奏したのは、

「エンタ・オムリ」(ムハンマド・アフドルワッハーブ作曲、ウンムクルスームの代表曲)や、2006年発売のソロCD「光輝く街の」にも収録されている「アル・メディナ・アル・ムナウワラ」「クル・ダ・カン・レ」など5曲でした。

師岡カリーマさんが朗読した詩は、アルアッバース・イブン・アルアハナフ(生年不詳?807)の詩でした。


カフェバグダッド第9弾「アラブの音を聴け」が4月6日、渋谷のアップリンクで開催されました。足を運んでいただいた、60数人の皆様、ありがとうございました。一個人として鑑賞していて、常味さんのウード演奏と、カリーマさんの朗読が、表現するものの奥行きの深さに感銘しました。アラブを感性で理解することができるのは、こういう表現なのかな、と。ウンム・クルスームの「エンタ・オムリ」常味版。筆者が、ぜひに、とリクエストしたものですが、日本人でも、アラブをここまで、体現できる、常味さんの技量と感性と、ウードという楽器のすばらしさに、感服した次第です。
詳報は追って、ブログでレポートしたいと思います。


久しぶりにカフェバグダッドを4月6日の日曜日に渋谷のアップリンクで開催します。お題は「アラブの音を聴け」。NHKテレビ「新シルクロード」の音楽も担当した、アラブの弦楽器ウード奏者の常味裕司さんと、NHKテレビ「アラビア語会話」でおなじみの師岡カリーマさんがゲストです。左の画像をクリックすると、チラシが見られます。

カフェバグダッドの過去のイベントやプロフィールはこちらで。



常味さんのウード人生、カリーマさんの音楽観などにも切り込んでいきたいと思っています。乞う期待。


このアーカイブについて

このページには、2008年4月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2008年3月です。

次のアーカイブは2008年5月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.261