2008年3月アーカイブ

次回カフェバグダッド・イベントのゲストの1人、師岡カリーマさんが久しぶりに新著を出すようだ。タイトルは、「イスラームから考える」。「世界中で報じられるイスラームの視点とは異なる視点で、イスラーム(世界)をとらえる」(カリーマさん)というものだそうだ。出版社は前作「恋するアラブ人」に続いて、白水社
テーマは、「預言者ムハンマド風刺画問題」、「パレスチナ問題」、「聖典コーランの翻訳問題」、「原理を無視するイスラム原理主義」、「青年よ、恋をせよ」、「愛国心を教えるということ」、「私の9.11」、「カルチャー・ウィークの限界」などなど。巻末には、東京外国語大学院教授の酒井啓子氏との対談が収録されている。

たとえば、最初の「悪の枢軸を笑い飛ばせ」と題した一章では、ニューヨークの「スタンド・アップ・コメディー」の中東諸国系の芸人が、パレスチナ問題などの中東の深刻な問題を笑いとばしている様子を紹介。パレスチナ人のディーン・オベイダッラーやイラン系のなんとかなど、有名「中東系芸人」がいるようだ。
ほかにも、コーランの日本語翻訳問題など、これまでの中東関係書籍ではあまり言及されてこなかった問題も正面から取り上げるようだ。もちろん、カリーマさんの得意分野である、アラブの詩、詩人に関するカリーマさんの思いや、エピソードも豊富に盛り込まれているようだ。

「(イスラム世界の問題を)イスラムの問題としてではなく、人間の問題として考えれば、もっと、簡単な問題になる」。カリーマさんが新著を通じて訴えたいのは、そういうことのようだ。
新著の切れ味について、「各方面に配慮したために、中途半端なものになった」と謙遜するが、他の多数の不自由な文筆者と比べれば、中東やイスラムをめぐる諸問題について、ズバリと突っ込んでくれていると信じたい。

4月6日(日曜日)のカフェバグダッド・イベントに、発売は間に合わなかった。ただ、「恋するアラブ人」などの著書を持ってきてくれれば、カリーマさんがサインしてくれるそうです。イベントの質疑応答では、新著のことなど、音楽以外に関する質問も歓迎です。

申し込みは、このフォームから、お願いします。

いよいよ、カフェバグダッド第9弾が来週(4月6日・日曜日)に迫りました。
日本随一のウード(アラブの弦楽器)奏者、常味裕司さんと、ご存知、師岡カリーマさんの演奏・トークセッション。本日、事前の打ち合わせを行って、イベントの骨格が固まりました。2人のアイデアで、師岡カリーマさんが自ら選んだアラブ詩を朗読し、それにあわせて常味さんがウードを奏でるという、日本でのアラブ関連イベントとしては、これまでに多分例のない「詩とウードのコラボレーション」に挑むことになりました。NHKテレビ「アラブビア語会話」の千夜一夜物語の朗読でも話題となったカリーマさんの「語り」をライブで味わう、またとない機会です。
また、トークでは、常味さんが、普段あまり語っていなかった「なぜ、アラブ音楽を志したか」について、カリーマさんの質問に答えます。カリーマさんのアラブ人としての音楽感覚については、常味さんの問いかけで、明らかにされることになりそうです。これも乞う期待。ぜひ、足を運んでみてください。

希望者には、カリーマさん、常味さんが、著作・CDにサインもします。常味さんのCDは、当日会場で即売もいたします。2人の素顔に迫るまたとないチャンスとなりそうです。(写真は、常味さんの代表的アルバム「光輝く街のジャケット」)

申し込みは、このフォームから、お願いします。


アラブ映画祭閉幕

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アラブ映画祭2008が25日、閉幕した。今年の新作上映は6本。充実度や熱気などの面からも衰退感は否めないと感じてしまうが、来年も開催されることを期待したい。

初日に観た「BOSTA(ボスタ)」と「デイズ・オブ・グローリー」をのぞく4本は、23日曜日に鑑賞。本数が少なかったこともあるが今年は、新規上映作品は、すべて鑑賞することができた。アルハムドリッラー。

「満開(満月)」(ヨルダン映画)ヨルダン生まれのパレスチナ人、サンドラ・マーディーさんが、ヨルダンのバカア・パレスチナ難民キャンプでボクサーとして生きる男性を追いかけた作品。他の多くのパレスチナ問題をテーマにした作品同様、重たい作品だ。とりわけ、パレスチナ人が、パレスチナ問題を軽やかに撮るのは、難しいことなんだろうなあ、と思う。別にそうするべき、というわけではないが。
ユーモアがふんだんに盛り込まれたフィクション映画「D・I」のエリア・スレイマン監督なんかは、やはり、イスラエル国籍のパレスチナ人だからなあ、などとも考えてしまう。
来月のカフェバグダッドのイベントにゲストとして招いた師岡カリーマさんが、来月発売する予定の新著の中で紹介するという、ニューヨークのパレスチナ人コメディアンを紹介するらしいが、そのさわりの話を聞いていると、これまでのパレスチナ芸(術)人界と比べて、面白い可能性を秘めた存在なのかも知れない。

「VHSカフルーシャ ?アラブのターザンを探して」(チュニジア映画)
理屈抜きに面白い。映画祭スタッフの佐野光子さんの今回イチオシ作品。アメリカのサンダンス映画祭にも出品したらしい。

「サービス圏外」(シリア映画)
アブドルラティフ監督の過去上映作「ラジオのリクエスト」で狂人役を演じた俳優が、政治犯で服役中の友人の妻を支援するシリアスな役柄で再登場。いい役者だ。監督の過去の来日の際に通訳したエリコ通信代表・新谷恵司氏にちなんだという、登場人物「シャンタニ」と主人公が行く、マクハー(カフェ)は、よさそうなカフェだった。
ダマスカスの魅力いっぱい紹介、という側面もあったが、キオスクの男が秘密警察関係者で、獄中の友人に関する情報を主人公にもたらす、という設定。いかにも、現大統領の父、ハーフェズ・アサド大統領が作り上げた世界有数の「秘密警察国家」シリアらしさがただようが、こうした設定を映画に盛り込むこと自体は、別に問題がないのだろうか、とやや不思議に感じた。

「ヘリオポリスのアパートで」(エジプト映画)

アラブ映画専門家、佐野光子氏によると、ムハンマド・ハーン監督は、女性を撮らせると天下一品なのだそうだ。確かに、だんだん美しさを増していくミニヤ出身の主人公の変化をうまく描いている。個人的には、唐沢寿明似の男性主人公に結婚を迫る女性役のほうが、いかにもエジプト人という感じもあり、いい役者と思ったが。ところで、字幕でも映画中でも、ミニヤは上エジプトとなっていたようだが、エジプト人には、中エジプトというカテゴリーはなかったのだったか?
ハーン監督は、今回イ、久しぶりの来日を果たした。アンワル・サダト大統領の伝記映画「サダトの日々」やそれに主演して、3年前になくなったアハマド・ザギなどの話をインタビューしたので、機会があれば、紹介していきたい。
(写真は、開幕セレモニーの様子)



在京アラブ各国大使館の主催による第1回「アラブの日」レセプションが、東京・大手町のパレスホテルで開催された。
アラブに関わる各界の関係者が顔をそろえたが、この種のパーティの中では、政界関係者が多かった。河野洋平・衆院議長を筆頭に、常連の小池百合子氏をはじめ、猪口邦子、河野太郎、逢沢一郎、松浪健四郎の各議員らや、飯島勲・元首相秘書官らが舞台前にずらり顔をそろえた。非アラブでは、このほど着任したアッバス・アラグチ駐日イラン大使の姿が目を引いた。
司会は、カフェバグダッド・トークショーのゲストにも来ていただいた、アルモーメン・アブドーラ氏。アラブ音楽は、ル・クラブ・バシュラフ(の皆さんだと思いますが・・・=写真)の面々。
後援の日本アラブ協会の岡部敬一郎会長(コスモ石油会長)もあいさつ。岡部会長が寄せた祝辞によれば、「アラブ・デーは今後、セミナーや芸術の紹介も計画」しているとのこと。どんな活動をこれから展開していくのか、期待したい。

ちなみに、在京アラブ外交団(Council of Arab Ambassadors and heads of Missions in Tokyo)の構成国は、順不同で、エジプト、モロッコ、モーリタニア、イエメン、ヨルダン、アラブ首長国連邦、バーレーン、チュニジア、アルジェリア、ジブチ、サウジアラビア、スーダン、シリア、ソマリア、イラク、オマーン、パレスチナ、カタール、コモロ、クウェート、レバノン、リビアの22か国。

カフェバグダッドに関してはこちらを参照。


アラブ映画祭2008の初日(3月17日)に上映された2作品。

「BOSTA(ボスタ)」(レバノン映画)
レバノンに「タブケ」という伝統芸能があるらしい。「デジ・タブケ」と自称する現代と融合したタブケを追求する楽団が、レバノン各地を巡業する過程での人間模様・葛藤を描いた。鑑賞後、「ストーリーが分かりにくい」といった反応が聞かれた。監督のメッセージは、多分、「歴史的な宗派主義から脱却し、レバノンは再生せよ」といったことだろう。作品中で、年上の世代から酷評されつつも、次第に認められていく「デジ・タブケ」は、そうした「新しいレバノン」の象徴である、といった監督の思いが、レバノンの歴史や現代の事情をよく知らない人には、ピンと来ない、という側面があるようだ。日本でのロードショー上映が模索されているようだが、果たして、「踊るマハラジャ」や、「ジプシー・キャラバン」のような、幅広い層の話題になるような作品になるか、どうか。

鑑賞後に会場で会ったエジプト人のアブドラ・アルモーメン氏は、「一般的には、エジプト人には理解しにくいだろう」といったような感想をもらしていた。アラブ人のための映画、というよりは、レバノン人のための映画、という感は否めないのだろう。


「デイズ・オブ・グローリー」(アルジェリア映画)

アラビア語やアラブ音楽が飛び交う稀有な、第二次世界大戦欧州戦線モノの映画。どうもベルベル人と見られるフランス植民地下のアルジェリアなどの若者たちが、フランス国家への忠誠心を抱き、フランス解放の戦いに参加し、その多くが戦死する、という史実に基づいた話。その後、アルジェリアがフランスから独立した後、アルジェリアのベルベル人たちは、「フランスに加担した裏切り者」とのレッテルを張られ続けていることも考えあわせると、なんとも考えさせられる作品だ。

「旅と音楽をテーマにした」というグルービン・ハイ(Groovin' High)というウェブ・マガジン・サイトが、GHTVなる映像配信プロジェクトを行っていて、その中で、現在東京で開催中のアラブ映画祭2008の紹介をしている。現在アップされているのは、アラブ映画祭プログラム・ディレクター石坂健治氏のインタビュー。

石坂健治氏とのインタビュー映像

聞き手は、グルービン・ハイに関わっている写真家・文筆家の机直人氏。このサイトの存在も、アラブ映画祭会場の草月会館で、机氏に教えてもらった。

サイトに掲載されている机氏の写真は、こちら

ちなみに、カフェバグダッドに以前ゲストとして来ていただいた、村田信一氏もサイトに写真を掲載している。ここ

グルービン・ハイ(Groovin' High)(音が出ます)

国際交流基金主催の「アラブ映画祭2008」が開幕した。
前半は、会場が草月会館で、アルジェリア映画「デイズ・オブ・グローリー」とレバノン映画「BOSTA(ボスタ)」の2本が上映された。
開幕パーティーには、来日した、ムハンマド・ハーン(エジプト)、サンドラ・マーディー(ヨルダン)、ナジーブ・ベルカーディー(チュニジア)の三氏も顔を見せ、それぞれあいさつ。個人的には、ムハンマド・ハーン氏には、「サダトの日々」がエジプトで公開された際、カイロで取材でお会いして以来、久しぶりの再会。「サダトの日々」でサダト大統領役を演じ、ハーン監督が同作品を含め、自作で6度起用したという、名優アハマド・ザキの追悼話でしんみり。

2005年春に若くしてがんで亡くなったアハマド・ザキについては、拙ブログのこの記事参照。

サンドラ・マーディーさんはヨルダン生まれのパレスチナ人らしく、やはり、ヨルダン在住のパレスチナ人女性監督の消息などで話を交わした。



以前、このブログで紹介した、「はじめてのベリーダンス」というムック本が、季刊化され、最近第3号が店頭に並んだ。タイトルは「ベリーダンスジャパン」になった。出版元は、これまで同様イカロス出版。渋谷のHMVで見つけ、早速購入した。

内容でとりわけ注目されるのは、「国内で活躍するダンサー76人に聞く」と題した日本ベリーダンサー名鑑。

アンケートの返送があった人々を原則全員掲載したようだが、これが、現存するもっともバランスの取れたベリーダンサー人名録、ということになるのだろう。内容は自己申告ということで、どこまで客観性があるか、という問題は残るが、日本のベリーダンスシーンを俯瞰する上で、きわめて有益といえるだろう。

過去の参考記事その1
その2

アラブ・ミュージック その深遠なる魅力に迫る」と題したアラブ音楽本がこのほど刊行された。カフェバグダッド第一弾のゲストにお招きした中町信孝氏から、わざわざ送っていただいた。多謝。
この本、国際交流基金が2006年に実施した「中東理解講座」という連続講義の内容を一冊にまとめたもの。出版社は、東京堂出版。神保町の、あのユニークな老舗本屋の出版部門のようだが、ほかにも民族音楽や日本の古典音楽に関する本も出している様子。というか、「イスラーム辞典」(黒田壽郎編)なども出していますね、よく考えると。

中町氏は、第六章を担当、「現代アラブポップスに見える民衆の心象に迫る」と題し、1990年代から、衛星テレビが飛躍的普及を遂げた2000年代前半のアラブ世界のポップス音楽の潮流を紹介している。
第一章は、「ル・クラブ・バシュラフ」の活動で知られる松田嘉子氏による「アラブ音楽の見取り図」。ほかにも「アラブの楽器と音楽構造」(若林忠宏氏)、「アルジェリアのポップ音楽」(粕谷祐己氏)、「モロッコのグナワにおける現代アラブ音楽の新たな潮流」(サラーム海上氏)、「アラブ世界周辺の音を巡って」(関口義人氏)などもりだくさん。

さまつかも知れないが、一点、気になったのは、帯や、冒頭に収録されている地図などに使われている「アラブ・イスラーム世界」という言葉。どうも、「アラブ世界」+「イスラーム(イスラム)世界」という意味で使っているようだが、この本はそもそも、アラブ世界とその周囲の音楽を扱っている本なわけで、わざわざ「アラブ・イスラーム世界」という言葉を使う意味があったかどうか。
なぜなら、「アラブ・イスラーム世界」という言葉は、文字づらだけで読めば、「アラブ世界」の中の「イスラーム世界」あるいは、「アラブ世界」=「イスラーム世界」と解釈される可能性もあるわけだから。

こんなことを考えたのは、2007年に外務省が主催した「日本・アラブ・イスラム・ジャーナリスト会議」で、その会議のタイトルにある「アラブ・イスラム」という言葉づかいの問題点がアラブ人によって指摘されたことを思い出したからだ。詳しくは、この拙ブログ記事を参照。

ついでに。まったくの蛇足だが、「イスラーム(イスラム)世界」という概念そのものの問題については、羽田正氏の「イスラーム世界の創造」という本が論じている。

これは、酒井啓子氏の同書の書評

マガジンハウスの雑誌「Hanako(ハナコ)」の2008年3月13日号に、アラビアンカフェ「レイラ」のオーナー、ムハンナド・アルカイエムさん(記事では、モハンナド・アルカエム)が紹介された。
「みんなの吉祥寺」と出した特集のうち、「ボクらがこの街を愛するワケ」と題した企画で紹介された吉祥寺大好き人間の一人としてだ。「水タバコをくゆらせながら、アラビア料理をいただく。シリア人のモハンナドさんが昨年オープンさせた、小さなカフェだ」と紹介。
 先日NHKテレビ「アラビア語会話」でもおなじみのアルモーメン・アブドーラ氏と話していて、日本でアラブ圏出身者が仕事をする場合、「アラブ」という冠がどうしても必要になってしまう、というようなことを聞いたのだが、モモことムハンナド氏にしても、出身国シリアよりは、「アラブ・カフェ」というくくり方をされてしまうことも多いのだろう。
ただし、今回のHanakoの記事では、シリアの文字が計3回登場。ムハンナド氏は「将来的には、シリアと日本、文化や人が交流できる、アラブ街を作りたいんです」とも語っている。

ちなみに、カフェバグダッドが提唱する、「下北沢アラブ街」は、こんな感じ。


カフェバグダッド第8弾のゲストだった、エジプト出身のアルモーメン・アブドーラさんが、月刊誌「ドバイビジネストゥデイ」に連載している、「アラブ人の取扱説明書」というコラム。最新の2月号では、「地図が読めないアラブ人、道を聞けない日本人!」とのタイトルで持論を展開している。

ある日本のテレビ局のロケでカイロ旧市街(いわゆるイスラミック・カイロのこと?)に行ったとき、探している場所が見つからず、例えば水タバコをふかしているおじさんなどに道を尋ねたところ、誰も地図を読めなかったという話。これは、エジプト経験者なら、誰でも身につまされる話。

だが、モーメン氏は、「アラブ人には、地図をうまく使える能力が備わっていないが、困った人をほっておけないという気持ちに関しては、彼らに勝るものはないだろう」と話を展開していく。これも確かにそうなのだ。その親切心が逆に事態を複雑にする可能性も含めて。相手の喜ぶ顔を見たい、というのが、アラブ人の行動原理の重要原理を占めているのは、間違いないだろう。

モーメン氏の記事のオチは、ロケ班に、年配の女性が道を訪ねたときのエピソード。さっきまで地図を読めないエジプト人にいらだっていた日本人ディレクターが、嬉々として、道を教えようとした、というのだ。モーメン氏は、人間同じ、といいたかったのだろうか。それはともかく、「ええ話」ではあった。

そのモーメン氏、これまで自称していた、「日本とアラブの間のインタプリター」ではあきたらなくなっているようだ。どうも、媒介者ではなく、もっと「表現者」でありたいと思っているようだ。


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