2005年5月アーカイブ

アルジェリアの首都アルジェのカフェで、水タバコを置いてあるのを見たことがない。アルジェの知人によれば、かつて、政府が禁止した、という。写真は、アルジェの旧市街カスバ内にあるカフェ。なんとなくフランス風である。アルジェリアにイスラム過激派のテロが吹き荒れた1990年代、過激派武装集団の巣窟といわれ、外国人の立ち入りなど論外、とされた場所だが、最近は、そうでもないようだ。


タイの首都バンコク中心部、スクムビットに、アラブ人街がある。10年ほど前に一度行ったはずだが、記憶はさだかではない。最近バンコクを訪れた写真家、村田信一氏が、そのスクムビットにある水タバコカフェの写真を送ってきた。タイ語のほうは何と書かれているか分からないが、アラビア語のほうは、「マタアム(食堂)・ワ(アンド)・シーシャ(水タバコ)」とある。店名は「ナーセル・アルマスリ」。人名か。

追記:この前、昔の手帳を見たら、大学四年の時、やはりスクンビットのアラブ料理店に行っていた。ただし、手帳には「チェロキャバブを食べた」とあった。それじゃイラン料理である。勘違いもはなはだしい。


村田氏によると、この水タバコカフェがあるのは、スクンビット通りのSoi3(ソイナナ)の一角で、レストランなどもアラブ人向けの店が多いという。周辺の、NANA HOTEL、GRACE HOTELは、アラブ人宿泊客が多いという。「バーやゴーゴークラブもたくさんあり、アラブ人がギラギラした目で群がっている」と村田氏。シーシャの値段は、130バーツで、日本円にすれば、500円しないぐらいだという。

店の住所は左の写真参照。
「ナーセル・アルマスリ」のHP
HPのBGMとして、エジプトの二大伝説歌手、<アブデルハリーム・ハーフェズとウンム・クルスームが聞ける。さすが。

村田信一氏HP


2003年度「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞を受賞したジャーナリスト綿井健陽氏が、イラク戦争直前から、戦後に至る、混迷するイラクを描いたドキュメンタリー映画。新宿K's Cinemaで28日まで上映。
この映画での、綿井氏の立ち位置は明確だ。米軍のフセイン政権打倒のためのイラク攻撃と、その後の武装勢力との交戦で傷つき、死んでいく、ごく普通のイラク人の側である。綿井氏は、こうした人々の立場に立ち、バグダッドへやってきた米軍の兵卒に対し「この戦争の理由は何なのだ?」「大量破壊兵器は見つかったのか?」と抗議にも似た質問を浴びせる。南部サマワに駐留する自衛隊のシーンでも、隊員の食事を紹介する際に、隊員が日本のカメラマンに対して、口をあけてポーズをとるシーンを写し、自衛隊とそれを追いかけるマスメディアに対する綿井氏の「嘲笑」というメッセージを送り出している。 
一方、瀕死の患者が次々と運び込まれ、阿鼻叫喚の病院のこれでもか、という映像を見ると、痛ましさで言葉を失う。
映画の筋としては、米軍の爆撃で一挙に3人の娘をなくしたアリ・サクバン、非人道的兵器との批判も強いクラスター爆弾の破片を眼球に受けた少女ハディールらに密着し、彼らの苦悩や悲しみを浮き彫りにしていく。
イラク人に元々根強く、イラク攻撃と占領で燃え上がっているイラク人の反米感情に、作品の焦点は集中している。だが、戦争いとしての歴史3人の娘をなくしたアリ・サクバンが、サダム・フセイン元大統領が仕掛けたイラン・イラク戦争で兄二人を含む親戚四人を失った、と話すくだりを挿入するで、フセイン政権時代あるいはそれ以前からのイラク国民の苦難の歴史も暗示している。

写真は公式HPの予告編から


イギリス社会派の巨匠、ケン・ローチ監督作品。スコットランド・グラスゴーで出会った、アイルランド系女性ロシーン(カトリック・キリスト教徒)とパキスタン系男性カシム(イスラム教徒)の恋愛模様。東京・渋谷の「アミューズCQN」で現在公開中(写真は、アミューズCQNのウェブサイトから)。映画のタイトルは、作中で、音楽教師であるロシーンの指導を受けて女生徒が歌う曲(「やさしいキス」/詩:ロバート・バーンズ)から、と見られる。
今やメジャーとなったスコットランド出身男優、ロバート・カーライルらなどを起用しながら、イギリスの庶民の哀切を描いてきたケン・ローチ。今回の作品では、世界有数の多文化、多宗教社会であるイギリスで、文化的バックグランドが異なる男女二人が直面する困難を描く。インド、パキスタン独立の混乱での苦難を経験し、スコットランドの安住の地を見つけたカシムの両親は、イスラム社会の伝統ともいえる家族(親類なども含めた)重視の立場を貫き、カシムと、パキスタン在住の親類の女性を結婚させようとする。夫と別居中のロシーンと恋に落ちたカシムは、家族とロシーンのはざまで苦闘する。
結末は、ケン・ローチらしくないとも言えるハッピー・エンド。カシムの妹が、父の意に反して、グラスゴーから遠いエジンバラ大学に進学してジャーナリストになる意思を鮮明にする一方、カシムも、父を裏切ってもロシーンとの関係を貫徹する決意を暗示して、エンド。ケン・ローチ作品としては、やや陰影のない終わり方、という印象もあった。イギリスのイスラム教徒社会に共通していえる家族の紐帯の強さが、異文化社会の混交が進むに従って、変わっていかざるをえないんだ、ということをいいたかったのか、どうか、その辺は、わからないが。ちなみに筆者が最初に見たケン・ローチ作品は「ケス」であり、もっとも好きなのはスペイン市民戦争を題材にした「大地と自由」である。



さて、シリーズの最後に、万博訪問の前日、名古屋市内で味わった「名古屋料理」を紹介したい。まず、名古屋B級グルメの代表格といわれる「あんかけスパケティ」の有名店「スパゲティハウス ヨコイ」 。
ぐるなび情報
我々が試したのは、錦店。午後一時過ぎに入ったが、ほぼ満員の盛況ぶり。人気メニューと見られる「ミラカン」は、独特の太麺に、魚肉ソーセージやタマネギ炒め、デミグラスソースのような「あん」がかかっている(写真)。太麺がやや固く、デミグラスソースが、薄味でスパイシーなことなどに違和感を覚える。「変わった食べ物だな」と思ったが、翌日、不思議なことに、「また食べたい」という感情がわき上がった。

あんかけスパのあらまし(Xylocopalさんのブログ)
ナゴヤスローライフ


さて、その夜。名古屋在住S氏の案内で、鳥料理の名店「鳥久」へ。名物八丁味噌をつかった鳥鍋(写真)にトライ。
楽天トラベル「鳥久」
注文したのは、確か、一人6000円程度の鳥鍋コース。どろりとした液体味噌で満たされた小ぶりな鍋に、名古屋コーチンや野菜を、和服姿のおばさんが手際よく投入してくれる。前菜には、砂肝やささみの刺し身や、串焼き。古めかしい建物や、窓から見える掘川の眺めも風情がある。


「鳥久」の前に、堀川沿いにある中華料理店「CHINA 5゜」では、食前酒のビールを飲んだ。店名は、明らかに有名香水「CHANEL 5゜」のシャレである。店の雰囲気はおしゃれなバーといった感じ。


翌日、列車で万博会場に向かう前、JR名古屋駅前地下街で食べたのが、名古屋名物「喫茶店モーニング」の定番とされるあずきトースト。朝から甘いもの?という向きもあろうが、これは、文句なしにおいしい食べ物であった。


万博訪問余話として、会場内のレストランなどについて少し。会場を歩き回り、ノドの渇きを覚えた昼下がり、ベルギー館内にあるカフェレストランを訪れた。
公式HPベルギー館
カウンターに座り、ベルギービールの華、ともいうべき「ランビック」を飲もうと、女性店員に尋ね、紙包装のリーフマン・クリーク(写真)を注文。女性店員は、ベルギーから来たといい、北部の美しい街、ブリュージュのレストランに勤務しているという。甘酸っぱいさわやかな味わいに、パビリオン疲れも吹き飛ぶ。だが、値段が2300円(確か)と結構な値段で、それより安いラガービールなどを頼んだ名古屋在住S氏などから、冷たい視線を浴びる。


すでに紹介したイエメン館には、二階にレストランがあり、サルタというイエメンのスープと、ターメイヤ(そら豆のコロッケ)などがあった。我々は、同じ階のじゅうたん敷きの休憩室で出会った、ダンサーのファトマさんにごちそうしてもらったので、価格は分からない。味は、そうわるくなかった。
ドイツ館二階のビアレストランにも寄った。給仕が、男性は全員ドイツ人、女性には日本人がいた。ソーセージ盛り合わせ(長いのが2本とマッシュポテトなどのつけ合わせ)は2600円で、いくらなんでもたかいだろ、と思ったが、雰囲気は悪くなかった。


北ゲート近くには、東京・神楽坂のトルコ料理「ソフラ」がレストランを開いていた。
公式HP「ソフラ」
店の入り口横では、トルコ名物の伸びるアイスクリーム、ドンドルマや、ドネルケバブが売られ、日本語のドンドルマのテーマ曲(?)が景気づけに威勢良く流れていた。筆者は、ケバブサンド(ドネルではなく、羊の正肉のほう)を食べた。値段の700円は、万博ならそんなものか、と思ったが、肉は固く、イマイチだった。トルコビールも売られていたが、筆者の好きな「エフェス」はなく、別の銘柄を試した。



満を持しての出店。5月14(土)、15日(日)の2日間にわたり、横浜市内で行われた国際交流イベント「あーすフェスタかながわ」(神奈川県国際交流協会主催)に「カフェバグダッド」が姿を現した。会場入り口横のテントに設営、カルカデ、ヘルバ、ズフラートのハーブティー3種と、ミントティーをメニューそろえ、一杯100円から200円で来場者に提供、おおむね好評を博したようだった。
6月12日(日)開催の映像トーク・イベント「師岡カリーマのアラブ音楽入門」の宣伝活動も行った。イベントで取り上げるイラク人歌手カーズィム・アッサーヒルのファンというお客さんが、一人おり、ちょっとびっくり。店のBGMは、アラブ・ポップスの入門として好適の、ユーリ「バヘッバック モウト(死ぬほど愛してる)」を使った。


店の陣容としては、14日が4人、15日が5人。店の前に、カセットコンロ3台を設置。「アラブのハーブティー」という目新しさもあって、昼食後の午後に入ると、お客から次々と注文を受け、スタッフもフル回転状態になった。15日は、エジプト・カイロから一時帰国中の、「水タバコのすすめ」というウェブサイトを主宰するアラブ・カフェ通のEさんという力強い助っ人も加わり、来場者に、アラブ世界のカフェの楽しさをアピールすることができた。水タバコの提供は行わなかったが、2日目は、デモンストレーション用のシーシャ(水タバコ)を置き、一部のお客に「試飲」してもらった。
水タバコのすすめ


アラブ・カフェへの関心からか、早稲田大学客員教授で中東専門家の高木規矩郎氏、日本イラン文化交流協会事務局長の景山咲子氏、六本木で水タバコ・ラウンジ「Bar Sheesha」を営む筬島政則氏、「バグダッドブルー」の著者で写真家の村田信一氏などもカフェを視察に来られた。おいでいただいた多くの皆様に感謝いたします。

ちなみに、「お隣さん」は、イラン式のケバブを供する屋台「クーチェ」(写真)、こちらも長蛇の列ができる大盛況で、付近は異国ムードたっぷりの中東ゾーンとなった。



14日、開幕した神奈川県国際交流協会主催の「あーすプラザ」で開かれる「あーすフェスタかながわ」にカフェバグダッドが出店しました。会場入り口すぐ左のポジションに看板をかかげ、本場のアラブ・カフェの定番である4種類の飲み物を販売しました。
店頭での呼び込みなど、筆者にとっては初体験。なんというか、人にものを買っていただくことの大変さをしみじみ実感。さらに、イラク問題が世間をにぎわせているとはいえ、アラブ世界に対する人々の関心がまたまだ薄いことも実感しました。

会場は、JR根岸線本郷台駅を出てすぐ。きょ15日も午前11時半から午後4時まで開店しています。どうぞお寄りください。


ヨルダン館の売りは、ヨルダンとイスラエルにまたぐ塩湖「死海」の水のプール。申し込めば、2000円で「浮遊体験」もできる(写真)。死海には何度かいったことがあるが、浮遊体験もさることながら、そこら辺にある泥を体に塗りたくり、甲羅干しをする究極のエステが面白い。海抜下約400メートルの死海周辺は、ほぼ常夏で、中東で温泉気分のを楽しめる数少ないスポット。
パビリオン内には、死海岸のリゾートホテルにあるような、泥美容の「エステサロン」も作られていたが、見学者から丸見えの場所での「施術」は、受けるのにやや勇気がいりそうだ。死海は、唯一の水源であるヨルダン川の水量減少で急速な水位低下が問題になっているが、筆者が見た限りでは、展示に、そうした「死海の危機」に関する言及はなかった。他に興味深かったのが、配られていた地図。イスラエルと書かれていた文字が黒インクで消されていたこと。


トルコ館は、木材を使った伝統的イスラム建築様式というふれこみで、アラビア文字のカリグラフィー(書道)や、トルコの古代建築物、イスラム神秘主義(スーフィズム)の踊りの映像など。「建国の父」ケマル・アタチュルク以来、世俗主義を国是とするトルコにしては、イスラム色が強いという印象。現政権が、エルドアン首相率いるイスラム政党「公正発展党」であることと、なんらかの関係があるのだろうか。

公式HPトルコ館
公式HPチュニジア館
公式HPヨルダン館


チュニジア館(写真)は、予想通り、国内のローマ遺跡で大量に出土しているモザイク画を中心とした展示。結局各国館ともおおむね、観光的観点で「ウリ」のものを展示しているという感じ。チュニジアのモザイク画は、首都チュニスのバルドー美術館を訪れたことがある人はそのすばらしさに驚嘆するが、多くの人には、あまりなじみがないのかも知れない。アラブ各館の中でも館内がもっとも静かで閑散としている、という印象だった。


北ゲート近くに並ぶ中東関連館は、サウジアラビア、イラン、カタール、イエメン。イラン館は、「じゅうたんとチャイハネ(喫茶店)」。入り口に、愛知万博のために織ったと見られる特製じゅうたんが壁に張られている。中に入っても、じゅうたん、じゅうたんの嵐。数百万の高級品が並び、まあ、やはり、イランが世界に誇るものの第一なのだなあ、と思う。カフェバグダッド第4弾で「イラン映画と詩の蜜月」をテーマに映像トークイベントを行ったから言うわけでもないが、そうした文化的側面の紹介があってもよかったのでは。

愛知万博公式HP


イラン館の一角には、やはりイランが誇るチャイハネが設置されていた。一杯200円だが、イスに腰掛け、じゅうたんをながめれば、それなりの風情はある。


サウジアラビア館の壁面には、首都リヤドの高層ビル群や砂漠などが描かれている。内部の展示では、「パノラマスクリーン」でのサウジアラビアのあらましプロモーションビデオが結構面白かった。学校での子どもたちの服装が、伝統衣装ディシュダーシャではなく、かなり西洋風だったのを見て、へえ、と思った。


もう一つ、サウジアラビア館にて。「メッカのカアバ神殿の四方を覆う布」と解説されているキスワ。まさか本物ではないと思うが。


さて、昼食は、エジプト館に併設されているエジプト館でとることに。おめあては、コシャリである。エジプトが誇るユニークな大衆食。マカロニ、ライス、レンズ豆のごった煮にピリ辛トマトソースをかけたもの。やや胃にもたれる「きわもの料理」だが、一度食べればくせになる、という点では、名古屋の「あんかけスパゲティー」のような存在かも。もちろんコシャリは、エジプト全国区の食べ物だが。
さて、その「エジプトフードカフェ」(写真)だ。メニューは、コシャリ(1000円)のほか、ターメイヤ(そら豆のコロッケ)などエジプト料理のほか、「36種類のスパイスが食欲をそそる」というふれこみの「エジプトオールドカレー」(1000円)なるものもある。とりあえず、実在のエジプト料理である、コシャリと、ターメイヤ、モロヘイヤスープを注文する。


でてきたコシャリがこれ(写真)。ごはんにピリ辛トマトソースがかかっている「食べ物」だ。今回同道したエジプト在住経験3年で、エジプト料理にはかなりうるさい名古屋在住S氏が、「これが、コシャリか」と、思わず声を荒げる。2001年にカイロを旅行し、ダウンタウンの名店でコシャリを堪能した経験を持つカフェバグダッドのMさん(写真)も不機嫌そうだ。まあ、ソースの味は、一応コシャリではあったが。シャッタ(唐辛子ソース)もなかったし、やはり、コシャリとはいいがたい食べ物であった。

愛知万博公式HP


エジプト館の中は、エジプトの観光名所ハーン・ハリーリー市場をこぎれいにしたような、パピルスを中心としたみやげ物屋と、古代エジプトの遺跡、棺の模型を展示するスペース。期待はしていなかったが、フェイク感漂う感じは、むしろ、エジプトの一面を正しく示しているともいえる。
売り子の一人、ハニー・フェリガーニさんは、カイロ大学日本語学科卒業といい、日本語を多少話す。カイロ郊外サッカラで、「エジプト・カーペット・スクール」という(多分)みやげ物屋を営んでいるという。
ハニーさん曰く。「カフェ行った?コシャリ食べた?あれは、エジプト料理じゃないよ。日本人が作っているから」。ハニーさんも、日本企業が運営しているカフェには不満の様子だった。みやげ物の売れ行きについては、「日本人は、千円以下のものとか買わない」とも。見透かされていた。


ゴールデンウイーク最後の日曜日、愛・地球博(愛知万博)に行ってきた。この日の入場者は、7万8000人で、連休中でも比較的少なく、幸いにも混雑で音をあげる事態にはならなかった。もっとも、回ったのが、人気の各種企業館ではなく、アラブ各国館だったことが大きかった。
さて、筆者にとっては、初めての万博である。筆者が回った限りでの印象は「こんなものか」だった。それぞれのパビリオンも、物産紹介や「遊園地のアトラクション」の域を出ていない、という感じ。日本人の好みを狙って、みやげ物やレストランに力を入れるところも多かった。しょせん、経済浮揚効果を狙ったイベントか・・・という気も。「万博」ってなんなんだろうか。


では、アラブ諸国の各館である。個別の情報は、別に項目を立てて紹介するが、ちょっと面白かったのは、湾岸産油国のパビリオンに、自国人の姿が目立たなかったこと。本国で、アジアを中心とした多くの外国人を接客業や肉体労働など労働力として使っている国だけに、万博のパビリオンでの接客や案内もあまりお好きではないようだ。その中で、やたらと自国人が目立ったのがイエメン館だ。どうも、本国から交代で観光省職員などを送り込んでいるようだ。一階が銀細工などを中心としたみやげ物の市場(スーク)、2階に、レストランや、ヘンナ(アラブ世界の女性用化粧品)コーナーを配し、ムードはまさにアラブ世界。


その2階の一角に、アラブで広く見られるじゅうたん敷きの「客間」が作られていた。テーブルの上には、イエメン式の大型の水タバコ(イエメンでは「マダア」と呼ばれているらしい)。イエメン人スタッフの休憩所にもなっていて、筆者らが訪れた時、イエメン観光省所属というダンサー、ファトマさんが、ひとりたたずんでいた。彼女が話すのは、アラビア語オンリー。覚悟を決め、いろいろ話す。子どもが4人いる、とか、公演でカイロに四日間滞在したとか、なんだかんだ話していると、隣のレストランから、サルタというイエメンのスープと、ターメイヤ(そら豆のコロッケ)などをもらってきて、ふるまってくれた。部屋の外の張り紙にはられていた「くつろぎ先進国」の名に恥じないパビリオンと言えるかも知れない。とにもかくにも人間のにおいの感じられる展示だった。それにしてもファトマさん、最初、後ろ姿を見た時も思ったが、「ろう人形」っぽい。その後、特設ステージで、踊りを披露したようだが。

愛知万博公式HP


上にもご案内のように、5月14(土)、15日(日)の両日、JR根岸線本郷台駅すぐの「あーすプラザ」で開かれる「あーすフェスタかながわ」(神奈川県国際交流協会主催)に、「カフェバグダッド」が出店します。このフェスタは、神奈川県内では最大の国際交流イベントとされているようです。場内が禁煙なので、水タバコは器具の展示だけになりますが、カルカデ(ハイビスカス茶)、ヘルバ(エジプトのミルク飲料)、ズフラート(ハーブティ)、シャーイ・ビ・ナアナア(ミントティー)のアラブ・カフェ必須ドリンク4種を一杯200円で発売します。小さなカフェ空間も作り、アラブ世界のさまざまなカフェの写真、アラブ音楽のBGMとビデオ・クリップ(パソコンにて)を用意します。

イベント主催者HP



写真は上から、カルカデ、ヘルバ、ズフラート、シャーイ・ビ・ナアナア。


出店は、両日とも、午前11時から午後4時まで。
アラブ・カフェを再現するべくがんばりたいと思います。


盛岡シリーズ2
さて、「白龍」でじゃじゃ麺を食べ、「岩手公園」(盛岡城址)を散策した後。盛岡中心部を流れる中津川沿いに、「中の橋」から「上の橋」までそぞろ歩く。中津川は、鮭が遡上する清流として知られ、「上の橋」の欄干の装飾である擬宝珠(ぎぼし)は、江戸時代初期に取り付けられたもので、国の重要美術品に指定されている。その上の橋のたもとにある「upcafe」に立ち寄った。中津川、岩手山のながめがすばらしい心地よいカフェである。ここで、ぼおっとコーヒーを飲みつつ、常連さんと見られるお客さんが「スコッチハウス」のことを話しているのが聞こえた。多彩なシングルモルト・ウィスキーが飲めるバーだと、噂には聞いていた。


「店をのぞきたい」という気持ちを抑えられなくなった。カフェを出て、「上の橋」から、本町通りを通り、繁華街の「映画館通り」を南下し、「下の橋」まで歩き、再び中津川を見る。日が暮れ始めている。橋のそばにややそっけなく看板を出している平屋の建物が「スコッチハウス」だった。時間は、午後六時過ぎ。民家の入り口のようなドアを開けようとすると、カギがかかっている。さすがにまだ開いていないよな、とあきらめようとすると、ドアが明いた。店主の関和夫さんが、「午後7時からですが、まあ、どうぞ」と招き入れてくれた。
HPによると、関さんがが「25年かけて集めた800本のウィスキー」が、ずらりと並んでいる。盛岡にこんな「異人」がいたんだと、心底驚く。


後述するが、その後別件があったので、アイラモルトの「ポートエレン」を一杯だけいただきながら、関さん夫妻から話をうかがう。それまで趣味で収集していたシングルモルトを「資産」に、2000年に開店。2004年秋には、日本でのシングルモルトの第一人者、土屋守氏が来店し、そうそうたる品揃えの飲みかけのオールドボトルを見て「よく封を切れましたね」と驚いたという。カウンターに座り右の壁には、マッカラン1945年などオールドボトルがずらりと並んでいた。

スコッチハウス
上の橋

(写真上は、スコッチハウスのカウンター。写真中は、関和夫さん夫妻。写真下は、スコッチハウス秘蔵のマッカラン・オールドボトルの数々)




盛岡シリーズ1
岩手県盛岡の麺、といえば、「わんこそば」や「冷麺」を連想する方も多い、と思うが、地元に根づいた麺ということなら、写真の「じゃじゃ麺」のほうが上かも知れない。中華料理のジャージャー麺とはまったく別物。ややコシのあるうどん様の麺の上に、千切りキュウリ、と辛い(しょっぱい)味噌が乗っかって供される。皿の右端にある赤は紅ショウガ、黄色はすり下ろしたショウガ。これを、好みでおろしニンニク、酢、ラー油で味を調節しながら、ぐちゃぐちゃにまぜ合わせて食べる。盛岡市民でも最初食べたら、「ちょっと・・・」と違和感を持つ人も少なくないらしいが、二度、三度と重ねると、ハマる。さらに、食べ終えた後の皿に生卵を落としてかきまぜ、うどんをゆでた湯と同じみそを少し落とした「とき玉スープ」が「ちーたんたん」。あっさりしていて、麺の後には、絶妙である。



最近は、「じゃじゃ麺」を出す店の数も増えているようだが、元祖とされるのが、盛岡城址下にある桜山神社の向かいにある「白龍」(パイロン)という店。二軒隣に「分館」ができたが、昔ながらの店内は、レトロムード満点。
実は、「白龍」で食べたのは、20年ぶり。当時は、全国的に知られる存在ではなかったが、若者の「スタミナ食」として、根強い人気を誇っていた。昔の記憶と比べ店が狭くなった感覚があったが、多分インテリアは、何も変わっていない気がした。大盛り+チータンタンはさすがに、腹にこたえた。が、腹ごなしに、向かいにある、かの石川啄木が「空に吸われし十五の心」と歌った盛岡城址の満開の桜を見て、過ぎ去りし「私の盛岡」を思い出したのだった。

盛岡でじゃじゃ麺が食べられる店


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