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盛岡シリーズ2
さて、「白龍」でじゃじゃ麺を食べ、「岩手公園」(盛岡城址)を散策した後。盛岡中心部を流れる中津川沿いに、「中の橋」から「上の橋」までそぞろ歩く。中津川は、鮭が遡上する清流として知られ、「上の橋」の欄干の装飾である擬宝珠(ぎぼし)は、江戸時代初期に取り付けられたもので、国の重要美術品に指定されている。その上の橋のたもとにある「upcafe」に立ち寄った。中津川、岩手山のながめがすばらしい心地よいカフェである。ここで、ぼおっとコーヒーを飲みつつ、常連さんと見られるお客さんが「スコッチハウス」のことを話しているのが聞こえた。多彩なシングルモルト・ウィスキーが飲めるバーだと、噂には聞いていた。


「店をのぞきたい」という気持ちを抑えられなくなった。カフェを出て、「上の橋」から、本町通りを通り、繁華街の「映画館通り」を南下し、「下の橋」まで歩き、再び中津川を見る。日が暮れ始めている。橋のそばにややそっけなく看板を出している平屋の建物が「スコッチハウス」だった。時間は、午後六時過ぎ。民家の入り口のようなドアを開けようとすると、カギがかかっている。さすがにまだ開いていないよな、とあきらめようとすると、ドアが明いた。店主の関和夫さんが、「午後7時からですが、まあ、どうぞ」と招き入れてくれた。
HPによると、関さんがが「25年かけて集めた800本のウィスキー」が、ずらりと並んでいる。盛岡にこんな「異人」がいたんだと、心底驚く。


後述するが、その後別件があったので、アイラモルトの「ポートエレン」を一杯だけいただきながら、関さん夫妻から話をうかがう。それまで趣味で収集していたシングルモルトを「資産」に、2000年に開店。2004年秋には、日本でのシングルモルトの第一人者、土屋守氏が来店し、そうそうたる品揃えの飲みかけのオールドボトルを見て「よく封を切れましたね」と驚いたという。カウンターに座り右の壁には、マッカラン1945年などオールドボトルがずらりと並んでいた。

スコッチハウス
上の橋

(写真上は、スコッチハウスのカウンター。写真中は、関和夫さん夫妻。写真下は、スコッチハウス秘蔵のマッカラン・オールドボトルの数々)




盛岡シリーズ1
岩手県盛岡の麺、といえば、「わんこそば」や「冷麺」を連想する方も多い、と思うが、地元に根づいた麺ということなら、写真の「じゃじゃ麺」のほうが上かも知れない。中華料理のジャージャー麺とはまったく別物。ややコシのあるうどん様の麺の上に、千切りキュウリ、と辛い(しょっぱい)味噌が乗っかって供される。皿の右端にある赤は紅ショウガ、黄色はすり下ろしたショウガ。これを、好みでおろしニンニク、酢、ラー油で味を調節しながら、ぐちゃぐちゃにまぜ合わせて食べる。盛岡市民でも最初食べたら、「ちょっと・・・」と違和感を持つ人も少なくないらしいが、二度、三度と重ねると、ハマる。さらに、食べ終えた後の皿に生卵を落としてかきまぜ、うどんをゆでた湯と同じみそを少し落とした「とき玉スープ」が「ちーたんたん」。あっさりしていて、麺の後には、絶妙である。



最近は、「じゃじゃ麺」を出す店の数も増えているようだが、元祖とされるのが、盛岡城址下にある桜山神社の向かいにある「白龍」(パイロン)という店。二軒隣に「分館」ができたが、昔ながらの店内は、レトロムード満点。
実は、「白龍」で食べたのは、20年ぶり。当時は、全国的に知られる存在ではなかったが、若者の「スタミナ食」として、根強い人気を誇っていた。昔の記憶と比べ店が狭くなった感覚があったが、多分インテリアは、何も変わっていない気がした。大盛り+チータンタンはさすがに、腹にこたえた。が、腹ごなしに、向かいにある、かの石川啄木が「空に吸われし十五の心」と歌った盛岡城址の満開の桜を見て、過ぎ去りし「私の盛岡」を思い出したのだった。

盛岡でじゃじゃ麺が食べられる店


ふらっと、足利にでかけた。室町幕府を開いた足利氏の本拠地で、現在は人口16万人ほどの地方都市。高速鉄道、高速道路から離れていることもあり、落ち着いた街の雰囲気である。日本最古の大学?として知られる足利学校があるが、ほかに全国レベルのものがいくつかある。まず、そば「一茶庵」。全国に千店以上あるとされる「一茶庵」の総本山。「せいろ」「田舎」「ゆずきり」「茶そば」「けし切り」の五色そば(1450円)を食べる。「けし」は、あんパンや、ベーグルにふりかかっていたりするつぶつぶだ。みためも透明感がありノドごとごしもよいさわやかな感じで、ナッティーな後味が風変わりだ。5種の中では、これが一番良かった。


こちらは足利学校。文書などをもとに10数年前に復元されたものだが、広い敷地内に点在する建物を回り、やはり再現された庭なども風情がある。奥の書院では、女学生らが、百人一首の練習をしていた。近くには、足利氏2代目義兼が1196年に建てた国指定史跡「ばん阿寺」(ばんなじ)もあり、周辺は、時間が止まったようなレトロな街なみだった。


そして、日本有数の伊万里焼のコレクションで知られる「栗田美術館」。足利出身の栗田英男氏(故人)の執念の収集の成果がここにすべてある。「本館」と「歴史館」の二つの建物に、これでもか、というほど見事な伊万里焼が展示されている。
オスマン朝の至宝と比べるのもなんだが、昔、トルコ・イスタンブールのトプカプ宮殿の中国青磁コレクションを見たときのことを思い出した。

一茶庵
足利学校
栗田美術館


平家有力武将配流の地として知られる珠洲市大谷町の秋祭り(9/12)にも、能登の祭りの代名詞であるキリコが巡行された。高さ約十メートルのものが全七基。町内の七集落が一つづつ引く。かつては、重さ一トン近いキリコを二十人ほどで神輿のようにかついだ。だが、過疎化で若い世代の人口が激減しており、ずいぶん前から、下に車輪が取り付けられ、「ひっぱる」ようになった。大谷川の谷間に点在する集落の間を、女性モノの着物をつけた男たちが引くキリコが、闇夜を照らすようにゆらゆらとさまようさまは、幻想的だ。能登へ来て、ほんとうの日本を感じた気がした。


平家の有力武将が、源氏との戦いに敗れ落ち延びた地と伝えられる「平家の里」珠洲市大谷町。九月十二日は、この町の秋祭りで、日本海から大谷川という小さな川を数キロ遡上したところにある吉原忠男氏宅に招かれた。この町で、町おこしなどに取り組む吉原氏とは、珠洲市に暮らしていた十数年前からの知己である。
能登の祭りのほとんどには、キリコと呼ばれる大型の灯籠の形をした御輿状のものがムラを練り歩く。そのキリコ巡行の前にムラの家々は、座敷に宴席を設けて、ムラの外から訪れる客人を、能登ならではの食と酒でもてなす(写真)。能登では、こうした「共同飲食」を「呼ばれ」と言い習わしている。一人で複数の家を訪ねるの普通で、多い人では十数軒をはしごする。しかも、秋祭りは各ムラで連日のようにあるので、よほど、酒に強くなければ、能登で暮らすのは難しいということになる。食卓には、サザエ、フクラギ、甘エビのさしみや、海ぞうめん、などの海藻類など、能登で獲れた海の幸が並ぶ。酒は、「宗玄」(珠洲市)に代表される能登の地酒。能登の食文化の豊かさを実感する。


意外に思うかも知れないが、能登は、コメがうまい。山がちな半島で広大な平野部はないが、海岸沿いのわずかな平地や丘陵の斜面が水田が広がり、そこでコシヒカリを栽培している。うまさの理由は、日本海の潮風とか、「ハザ干し」と呼ばれるこ地方特有の収穫後の稲を乾燥させる方法にあるとも言われる。珠洲市若山町上黒丸(かみくろまる)という山間部のムラで酒店を営む池ノ上章氏(写真)は、十年ぶりの再会に、その能登のコシヒカリを炭火で焼いたおにぎりで私を歓迎してくれた。味は、能登の海岸で最近本格復興した「揚げ浜式塩田」で製造された天然塩や、しょうゆ。能登特産の魚やイカで作った魚醤(ぎょしょう)「いしる」で味つけしてもいい。
山の上の絶景スポットにログハウスを作ったり田舎ならではの遊びを楽しんでいる池ノ上氏。昨年近くに開港した能登空港は、「利用したことはない」という。都会へいくことなどより、ずっと大きな楽しみがある、といいたげだ。


能登半島の先端部に近い景勝地・珠洲市木ノ浦海岸の浜辺にたつカフェとコーヒー豆挽き売り店を兼ねた「二三味(にざみ)珈琲」。木造の船小屋を改造した店舗で入れたコーヒーを、店の前に立てられたよしずの日よけの下に並べられた丸太に座って、飲む。海からのさわやかな潮風を感じながら飲む挽きたてのコーヒーは格別だった。東京のコーヒー店で修業、生まれ故郷で開店した女性店主が焙煎し挽くコーヒーの味は評判のようで地元客などで結構にぎわっていた。

二三味珈琲を含む奥能登のスポットを紹介するサイト


休日を利用して能登半島へ行ってきた。十年以上前に、二年弱の間、この半島の先端で暮らしたことがある。かつては、最寄りの小松空港から車を飛ばして三時間という交通不便の地だったが、昨年、能登空港が開港し、羽田から毎日定期便二往復が飛ぶようになり、東京からのアクセスが劇的に便利になった。
エジプトでの三年半の生活の間にも、海アリ山アリの奥能登の雄大な自然と、人々の優しいこころを思い出し、日本に帰ったら、真っ先に訪れようと思っていた。
 能登は「祭りの国」だ。夏から秋にかけ、各地で連日のようにキリコと呼ばれる大きな灯籠が練り歩き、哀調ある笛の音が村に響き渡る。能登には、日本から失われつつある、何かが、今もしっかりと根づいている気がする。写真は、能登半島の先端に近い珠洲市木ノ浦海岸の雄大な景色。



モノクローム・バー

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東京・世田谷区の東急線駅前にあるジャズバーのカウンターで、シングルモルト・ウィスキーを傾けながら、なにやら楽しげに語らうフリーランス・ライターの宮内健氏と、文化放送アナウンサーの水谷加奈さん。この店の居心地の良さは、ひとえに、マスターの人柄によるものだ。おまけにイケメンときた。なるほど、女性の一人客がけっこう多いのも、うなづけるわけだ。


日本を3年半あけていた間に、いい店が東京にオープンしていた。銀座2丁目のベルギービール・パブ「ファボリ」。昔よくいっていた渋谷駅東口のベルギービールバー「ベルゴ」の姉妹店という。カウンターには、ベルゴから移ってきたという、樹木の切り株のような大ろうそくが鎮座、店内はベルゴよりは、やや明るい感じで、ベルギーのカフェに近い感じだ。
スタッフの末広陽重さん(写真)ら、スタッフは知識も豊富、冷蔵庫に鎮座する多種のベルギービールの中から、お望みの味のビールを選んでくれる。
今年2月にベルギーを初めて訪れたとき、ベルギービールの世界の奥深さを改めて認識した。特に、ブリュージュにあったいくつかのビールバーは良かった。
今の季節は、何といってもチェリーやフランボワーズ味などのランビック・ビールですな。できれば、ブリュッセルあたりにでもいって、オープンカフェで、グッと飲みたいものです。


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