アラファト・パレスチナ自治政府議長が死亡した。テレビ報道を見ていると、パレスチナ自治区全体が、議長への服喪の空気一色に包まれているようにも思えてしまうが、実際はどうなのか。現在自治区に滞在中の知人の写真家によると、どうも、そういう訳でもないらしい。死亡の直前、ガザから電話をくれた彼は、テレビで映し出された議長の肖像画を目にするわけでもなく「街は淡々とした空気だ」と言った。死者にむち打つのを好まないのは、日本もアラブ世界も同じで、表向きの非難は慎んではいるが、長びくイスラエルとの武力衝突を止めることのできないアラファト議長の指導者としての当事者能力を疑問視したり、権力を自身に集中させる独裁的スタイルを批判するパレスチナ人は、はっきり言って少なくはないのだ。イスラエル軍により、ラマッラの議長府に監禁状態にされた時も、議長への思いから議長府に駆けつけたパレスチナ人は、さほど多くはなかった。
独立国家への道は見えず、自治政府は腐敗だらけ、イスラエル軍の攻撃は続く・・・そうした閉塞状況の中で、パレスチナ人のうっぷんが、議長自身に向かう前に息をひきとったことは、ある意味では幸せだったのかも知れない。「パレスチナ解放の英雄」の呼称をなんとかつなぎ止めた、と言えるのではないか。
写真は、2000年秋、第二次インティファーダぼっ発直後、ガザ地区で行われたパレスチナ各派合同のデモ集会に集まるパレスチナ人たち。アラファト議長の肖像がを掲げる人もちらほら見える。